寺師睦宗先生と沖縄の漢方

 広島大医学部学生の頃、将来漢方を勉強したいと小川新先生を訪ねたところ、「卒業後西洋医学の基礎をしっかり身に着けてから勉強を始めても遅くはない」と言われ、沖縄県立中部病院でインターンを含めた外科の卒後研修を終え郷里の県立八重山病院に赴任した。2年たった頃病院医局で漢方が話題になり、私もいつ漢方の勉強を始めようかと考えていた。その時瘀血研究会講演記録「瘀血研究」第一巻が届き、その中に小川新先生のお名前を見つけ、漢方の勉強を始ようと決意した。そこで卒業後6年目にして再び広島の大慈小川外科を訪ねた。その時紹介されたのが創元社の西山英雄訓訳「和訓類聚方広義・重校薬徴」であった。ところが当時私は漢方について基礎知識もなく、とても前時代の専門書に歯がたたないと感じて、龍野一雄著「漢方入門講座」を読み始めた。それでも漢方独特の考え方に基づく言い回しの解説に頭を抱えていた。「傷寒論の基本構造がわかるのにどれくらいかかりますか」と小川先生にお尋ねしたら、「十年はかかるな」とこともなげに答えられた。
 そんな折那覇で寺師先生の漢方の講義が始まるという情報が入った。小川先生にそのことを話すと、「そりゃいい。わしの方から寺師君に君のことを話しておくよ」 と言われた。
 昭和59年から那覇でツムラ主催の漢方の勉強会が始まり、新書版の大塚先生の「漢方医学」をテキストに何回か講義が行われた。そして昭和62年8月から漢方古典医学講座が、年末・年始を除いて年に10回のペースで、土曜日の夕方、日曜日の午前から午後3〜4時頃までの三部に渡って集中講義で行われた。その頃先生は60代、お元気で全国を飛び回って講演を続けておられた。
 鹿児島県ご出身の寺師先生は、口癖のように、特に沖縄には思い入れがあると言われた。「昔薩摩が琉球に悪いことをしたから、私は沖縄にお返しをしないといけないと思っており、沖縄の講義の回数を一番多くしてあります。」とおっしゃった。後に年間の講義の回数を減らされた時も、沖縄の分は最後まで特別にとってあるといわれた。その歴史的な因縁と薩摩隼人の心意気を紹介すべくペンを執った次第です。
 沖縄の医療史を振り返ってみると、本土と同様に明治維新後漢方が医師免許から外されたあと沖縄でも正規の医療は西洋医学になった。その後漢方エキス剤が薬価収載されるまでは沖縄で漢方を実践する医師は皆無であったと思われる。ただその頃でも薬剤師では朴庵塾で勉強された上原昇先生や広島漢方研究会で勉強された安部英治先生などがおられ、沖縄でも漢方の灯は薬剤師によって守られていたことを知った。
 そのような状況の沖縄で寺師先生の漢方古典医学講座が始められた。漢方の考え方や処方の運用体験を大塚先生のお弟子さんから直に学べるということは、漢方を志す者にとってまたとないチャンスで、欠かさずに出席した。
 私は漢方の勉強で石垣から那覇に出る機会が多くなったため、職場を那覇に移し漢方薬を処方できるようにして本腰を入れた。
 寺師先生の漢方のテキストは最初が大塚先生の臨床応用傷寒論解説、漢方診療三十年、矢数先生の漢方処方解説、西山先生訓訳の類聚方広義、それから三校塾の「臨床八十方金匱要略」であったと記憶している。
 大塚先生や、故郷の先輩馬場信二先生、政治家など有名人の診療エピソードや湯川秀樹博士を訪ねられた武勇伝など、脱線した時の話も興味深く退屈することがなかった。最後の講義は平成17年で、昭和59年から21年間沖縄に通われたことになる。
 寺師先生の勉強会を期に漢方を志す参加者が定まってきたところで、新垣敏雄先生を中心に沖縄漢方医学研究会・日本東洋医学会沖縄県部会が結成され、平成2年には沖縄県でも最初の九州支部会が開催され日本東洋医学会の仲間入りを果たすことができた。
 このように寺師先生には辺境の地沖縄における漢方医学の核を造っていただきました。最近では漢方の勉強会にも若い先生方の参加が増え盛況を極めるようになりました。
 寺師先生の思いを偲び心からご冥福をお祈りいたします。

テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

触らぬ神に祟りなし

 “触らぬ神に祟りなし”余計なことをするから悪いことがおこるということの例えと理解しているが、同じようなことが診療の現場でも起こっているように思う。
 漢方をやっているとアトピーや湿疹など皮膚のかゆみを訴える患者さんが多く見える。その治療をしていると、皮膚が何とか落ち着いたころに治りかけた皮膚が痒いためをかきむしって元の木阿弥に戻してしまうことが少なくない。そんな時に“触らぬ神に祟りなし”と叫びたくなる。せっかく治りかけてきたのにと腹立たしくなるのである。
 皮膚の病気を見ていると触らなければそのまま治っていくのにと思われることが少なくない。どうも皮膚は治りかけたころに痒みが強くなるようで、皮膚をかき壊して悪くし、それを繰り返して慢性化して醜い皮膚になっているように見える。だから「できるだけ触らないようにそっとしてください。」と言い続けているが、「わかってはいるんですけどね。」と言われるのが落ちではある。
 風邪などの場合でも薬だけ飲んだら治ると思うのは誤りで、薬が効くように体を安静にする、体を休めることが必要である。それと同じように皮膚の病気でも皮膚の安静を図ることが治るために必要であると感じる。皮膚の安静ということは言い換えると痒いところを触らずそっとしておく、ということである。対処療法でもなんでも、とにかく痒みを抑えてそっとしておくことそれで時間がたてば自然に治っていくと思うのであるが、それを掻いてしまうためうまくいかないのである。
 医師会の会合で皮膚科の先生が「痒い所を掻くと気持ちがいいですからやめられないと思いますよ。」と意外なことを言われた。たしかに何かの拍子で痒みが起こった時に痒いところに手が届くと気持ちがいいということは、快感の表現にもなっているからそれは間違いないのである。しかし悪い皮膚をかいて悪くするのは、後で痛みも加わって辛くなるのであるから、掻くべきでないと思うのであるが、病人にとっては痒いのに掻くのを抑えるのは大変困難なように見える。
 ストレスがかかると悪い皮膚をかきむしって余計に悪くする人も見られる。そこでストレスの漢方薬を併用することもあるが、“触らぬ神にたたりなし”と言い聞かせながら試行錯誤の毎日である。

テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

プロフィール

仲原靖夫

Author:仲原靖夫
昭和51年広島大学卒業、中部病院で外科の研修を終え、八重山病院、アドベンチスト・メディカルセンター、ハートライフ病院、屋比久産婦人科小児科東洋医学センターで西洋医学と東洋医学を併用した診療を続けてきた。現在、『仲原漢方クリニック』(沖縄県那覇市牧志)院長。

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東洋医学の雑記帳

仲原漢方クリニック院長のドクター仲原が、1992年から2001年まで、週刊レキオに東洋医学、漢方関連の記事を掲載していたものをまとめた本です。現代西洋医学と東洋医学の病気の考え方の違いや漢方についてわかりやすく解説されています。 冷えの害、不定愁訴について、漢方で癌は治せるか、リウマチと漢方、肩こりについて、風邪について、偏頭痛、不眠、関節痛、自律神経失調症など。

定価:1,000円(税込価格)

発行:(株)週刊レキオ社
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