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止まらない下痢

 私が中部病院でインターンの研修を始めて内科をローテーションしたときに、止まらない下痢の患者さんを受け持ったことがあった。初老の男性で体格はがっちりしていた。水様下痢が止まらないのである。発熱も嘔吐もない。ただ飲食物を口にすると水道の栓を捻ったように下痢する。したがって食事がとれなかった。細菌検査でも特別な菌も見つからず、原因がわからず、治療としては補液以外なかった。しかし点滴では水分と電解質は補えるが、カロリーは高濃度のブドウ糖を何アンプルか混ぜるのがせいぜいで、必要なカロリーには全く届かなかった。研修医の虎の巻であるワシントンマニュアルにもその治療については書いてなかった。そのうち栄養障害が起こり、低たんぱく血症で亡くなられた。当時はまだ高カロリー輸液が製品化されておらず、経口摂取ができない人には厳しい状況であった。このような下痢は西洋医学的には治療法がないのではないかと考えている。せいぜい静脈栄養をおこなうぐらいであるが、それでも下痢は止まらないと思う。救急医療で多くの難治例を救っていた中部病院での経験であっただけに強烈な印象として残っている。
 漢方を勉強して少陰病を知った時に、あの下痢の症例が少陰病であったのではないかと思い当った。少陰病はいわば風邪がこじれて内臓の働きが衰えた時期の陰病で、漢方でいう腎が冷えた病期である。『少陰の病たるただい寝んと欲す』とあるように新陳代謝が衰微し横になりたがる、すなわち体力が衰えた状態を示した言葉である。手足も腹も冷えて水様の下痢が起こるのである。したがって消化管からの水分や栄養の吸収が障害され、時には高熱を発する事もあるが、本人は寒がって元気がない。現代医学的には細胞の代謝が極端に低下し、体温が下がり、消化管の細胞の働きが落ちているため水や栄養が吸収されずに不消化物の混じった水の様な下痢が止まらない。また腎臓の尿細管からの尿の再吸収ができずに希釈尿が多量に出る状態といったらよいだろうか。このような状態に漢方では四逆湯(しぎゃくとう)や真武湯(しんぶとう)を使う。その中に附子(トリカブト)や乾姜(炙った生姜)が含まれ、それらは細胞の代謝活性を上げる作用がある。それによって細胞が元気になり、冷えた体が温まり、消化管からの水分栄養の吸収が再開され元気をとりもどす。生理学的に細胞レベルでの水やミネラルの能動輸送が改善されるのではないかと考えている。
 少陰病の下痢の特異な点は西洋医学的にそのような病態認識がない事、従って治療法もないことにある。診断がつかないまま全身状態は悪化し、終には死にいたる。
 最近も外来にそれらしい人が見えた。全身的に寒がって手足も冷え、しびれて痛がって下痢をしていた。ところが口が渇くので冷たいものを飲み続けてきたという。体は冷やすと熱を帯びてくるので、全身は冷えても上部消化管は熱を帯び、口喝が起こってさらに冷たいものを飲み続けたと考えられる。先ず冷たいものの害を説明し、温かい飲み物に変えるように指示し、附子理中湯エキスと真武湯エキスを与えたら下痢は止まった。長い間胃腸を冷やしてきたので全身状態の改善には時間がかかりそうである。
 私が漢方の勉強を始めてよかったと思えたのは、このように西洋医学で把握できない陰病の病態を知り、これまでに対応できなかった下痢や発熱の特殊な病態にもにも対応できるようになった事であった。そこにも漢方の現在における存在意義の一つがあると考える。
 そしてあの時四逆湯を飲ませていたらあの症例は助かったのではないかと時々思い出す。

テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

プロフィール

仲原靖夫

Author:仲原靖夫
昭和51年広島大学卒業、中部病院で外科の研修を終え、八重山病院、アドベンチスト・メディカルセンター、ハートライフ病院、屋比久産婦人科小児科東洋医学センターで西洋医学と東洋医学を併用した診療を続けてきた。現在、『仲原漢方クリニック』(沖縄県那覇市牧志)院長。

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東洋医学の雑記帳

仲原漢方クリニック院長のドクター仲原が、1992年から2001年まで、週刊レキオに東洋医学、漢方関連の記事を掲載していたものをまとめた本です。現代西洋医学と東洋医学の病気の考え方の違いや漢方についてわかりやすく解説されています。 冷えの害、不定愁訴について、漢方で癌は治せるか、リウマチと漢方、肩こりについて、風邪について、偏頭痛、不眠、関節痛、自律神経失調症など。

定価:1,000円(税込価格)

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