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大安心について

 新年であるから最近気になる大事なことをまとめてみた。
 人間の苦しみの中に四苦八苦があるとされている。その中で一番の難物は死の苦しみではないかと思う。古来宗教家たちは死を克服する術をいろいろ教えてきた。若いときは、死はまだ遠い先のことだと考え、余り切羽詰まって考えることはなかったように思う。しかし老い先短くなると、いやでも死について一定の見解をもっていないと、どこかに心配の種を隠して強がっているようで心もとない気がする。
 自分の場合は大学の頃、死に関する本を読み漁ったことがある。禅寺に通うようになって死生一如、『生きよう生きようとする一歩は死に向かう一歩です』と教えられ、それなりに納得したつもりがあった。また、職業柄人の死に立ち会う機会が多かったので死を間近に見てきた。さらに母親、妻を看取ることを経てきたので、更に死は現実のものとして受け止めざるを得なかった経緯がある。これから可能性が高いのは自分の死である。孫が一人ずつ増え、次世代の成長を身近に感じながら、還暦を越したこともあってか、比較的淡々と自分や他人の死についても気軽に話す機会が増えてきた。これはいいことではないかと考えている。
 そこで多くの人が避けたがる死の問題を『死生一如』としてどう受け止めるかが問題である。一休禅師は『元日や冥土の旅の一里塚』と詠まれ、その境涯を表現しておられる。
 まず理屈である。我々の先祖は子孫に命を受け渡して間違いなく死んだ事実を誰もが冷静に認められる事実と思う。この事実について多くの人は遠い先人に起ったことであるせいか、恐怖の感情を挟まずに受け入れられることを経験しているのではないかと思う。
 人は死んだらどうなるかという疑問がある。この世にいる我々から見れば、この世では、その人のいない状態で何とかやっていくしかないから、一定の手続を経たあと落ち着きを取り戻して生きていくことになる。これが一般的であるということは多くの人が経験していることである。従って死んだ後この世のことはそう心配することもなかろうと思っていいのではないだろうか。あの世のことはわからないので触れないことにする。
 そこでそれぞれの人にとって死はどこから始まったのかと考えてみよう。それは生れ落ちた時点というしかない。不幸な場合は出産時の事故で胎児が死んでしまう。つまり生まれた時に死は生の裏にくっついていることがわかる。子供の場合はドンドン成長して生きる旺盛な姿をみせるので、裏に死がくっついていることがわかりにくいので、感情的に死を思い浮かべたくない、受け入れたくないのではないかと思う。ところが人が天寿に近づいてくると、体力の衰えや機能低下などの症状として堂々と死の気配が表れてくるので死を身近に話題にしやすくなる。またその途中でも病気や事故に会うと死は即座に表面化するのである。いづれにしても生死はカードの裏表のようなもので、死生一如であることに異論はないと思われる。
 ところでそんなことは誰でも知っているが、感情的に避けているのが現実ではないだろうかと最近思い至った。死生一如の現実を受け止めれば大安心請け合いと思うのであるが、自分もその時になってどう感じるのか定かではない。

テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

プロフィール

仲原靖夫

Author:仲原靖夫
昭和51年広島大学卒業、中部病院で外科の研修を終え、八重山病院、アドベンチスト・メディカルセンター、ハートライフ病院、屋比久産婦人科小児科東洋医学センターで西洋医学と東洋医学を併用した診療を続けてきた。現在、『仲原漢方クリニック』(沖縄県那覇市牧志)院長。

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東洋医学の雑記帳

仲原漢方クリニック院長のドクター仲原が、1992年から2001年まで、週刊レキオに東洋医学、漢方関連の記事を掲載していたものをまとめた本です。現代西洋医学と東洋医学の病気の考え方の違いや漢方についてわかりやすく解説されています。 冷えの害、不定愁訴について、漢方で癌は治せるか、リウマチと漢方、肩こりについて、風邪について、偏頭痛、不眠、関節痛、自律神経失調症など。

定価:1,000円(税込価格)

発行:(株)週刊レキオ社
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