千金内托散

 一般的に食事が摂れなくて栄養状態が悪いと創(きず)が治りにくくなるので、栄養状態の回復を待って手術するのが外科の基本であった。そのような時、昭和50年代後半になるが、口から食べられなくても栄養状態をよくする画期的な治療、高カロリー輸液すなわち経静脈栄養という治療法が普通にできるようになって救われた思いをした記憶がある。
 漢方を学び始めたころ私は外科医であった。漢方には千金内托散(せんきんないたくさん)という処方がある。傷が治りにくい時に内服すると傷の治りがよくなるとされている。外科医にとって創が閉じる、創が治るということを前提に手術をするから、その人の創の治りやすさ、自然癒能力というのは外科医の最も注目するところで、その処方に興味を持った。
 千金内托散は人参、黄耆で元気を補い、当帰、川芎、桂皮で組織の血流を改善し、桔梗、防風、白芷で化膿を止めるという生薬の組み合わせになっている。これで栄養状態の悪い人の創の治癒を促進するのである。使用目標は「虚証の潰瘍で分泌止み難く肉の上がり悪きもの」、つまり衰弱した人の創で薄い膿が止まらず治りにくい場合に効くとされている。外科医にとってこんなありがたい薬はないと考え、ひそかに使う機会を窺っていた。
 ある時内科の医師から糖尿病で足の具合がよくないので見てほしいという依頼があった。糖尿病の合併症による脚の壊死である。切断しかないので下腿を切り落としたが切断面の創が治らないのである。それどころかベッドに横臥してできる床ずれが水泡を形成し、しかも炎症反応が起こらない。炎症反応が起こらないということは創が治りにくいことを意味する。そこで千金内托散を思い出し、煎じて飲ませたら傷が治り、床ずれもできなくなったのであった。
 内托の托について普段なじみのない言葉でその意味がぴんと来なかった。托鉢という言葉は鉢でお布施を受け取る意味になる。托について辞書には、ひらく、おす、掌をもって物を挙げる、転じてものをのせるという意味が書かれてある。これらの言葉から「膿を限局させて排膿する」という托法という治療の意味が浮かびにくく、分かりにくくて悩んだ記憶がある。しかし経験した一例の傷の治り具合を見たとき、創の治りが急速に改善したことから内托という意味が実感できたのであった。内托とは傷を治すための炎症という生体反応を刺激し創傷治癒力を回復することであると実感した。
 静脈栄養もない、抗生物質もない時代厳しい状況でも人類は自然治癒力を高める術を探り当てていたことに気づかされた。

テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

プロフィール

仲原靖夫

Author:仲原靖夫
昭和51年広島大学卒業、中部病院で外科の研修を終え、八重山病院、アドベンチスト・メディカルセンター、ハートライフ病院、屋比久産婦人科小児科東洋医学センターで西洋医学と東洋医学を併用した診療を続けてきた。現在、『仲原漢方クリニック』(沖縄県那覇市牧志)院長。

リンク
書籍の紹介

東洋医学の雑記帳

仲原漢方クリニック院長のドクター仲原が、1992年から2001年まで、週刊レキオに東洋医学、漢方関連の記事を掲載していたものをまとめた本です。現代西洋医学と東洋医学の病気の考え方の違いや漢方についてわかりやすく解説されています。 冷えの害、不定愁訴について、漢方で癌は治せるか、リウマチと漢方、肩こりについて、風邪について、偏頭痛、不眠、関節痛、自律神経失調症など。

定価:1,000円(税込価格)

発行:(株)週刊レキオ社
(株)週間レキオ社又は全国の書店および「当クリニック」にて販売中

ブログ内検索
最近の記事
カテゴリー
月別アーカイブ