肝気とは何か

 肝というのは漢方では非常に重要な概念であるが、また非常に曖昧なわかりにくい概念でもある。肝臓は英語で「liver」といい、いわゆる肝臓である。ところが漢方の肝は「liver」ではない。癇癪、とか癇に障る、疳の虫などの癇に関わるものと考えた方がわかりやすい。癇が高ぶるとは感情が高ぶってイライラしている状態、それが続くと肝気欝結になる。肝気欝結では腹診で右季肋下部に抵抗、不快感を認める胸脇苦満という所見がみられる。この場所に西洋医学で肝臓があるので肝即肝臓に結びついたのではないかと考えるが、漢方的には大分的外れであることが分かった。器が大きいという言葉がある。いろいろなものを受け入れる器量が大きいということである。又肝っ玉が大きいともいう。腹が据わる、胆力が強いともいう。肝を肝臓とするとこれらの言葉との関連が全くつながらないので漢方がわかりにくい一因になっていると思われる。
 そこで改めて肝を癇が昂ぶるとか肝っ玉が据わるというところから考えてみる。肝が昂ぶるというのは神経過敏の状態、肝っ玉が据わるのは落ち着いて物事に動じない状態である。それらを生理学的に眺めてみると交感神経のある状態を示していることがわかる。交感神経が興奮した状態が、癇が昂ぶった状態で、きわめて危険な状況でも交感神経が興奮しない冷静でいられる状態を肝(きも)が据わると表現している。すなわち漢方でいう肝は交感神経の事で、ストレスが続いたときに胸脇苦満という季肋部の体壁反応が起こり、そこに肝臓があったので肝と肝臓が行動され、ごっちゃになって理解を難しくしたと考えられる。
 人が積極的に行動しようとするとき交感神経は興奮を伴う。交感神経が過敏になり安定していないと動悸、不安、食欲不振、吐き気などの症状が起こりやすく、困難な状況に耐えられない、社会生活もままならないということにもなる。人生にはストレスはつきものであるから、それとうまく付き合うことが生きる知恵でもある。したがって子供から大人になる過程は生きる知恵を身に着けていく過程で、交感神経がストレスに過剰に反応しないようになる訓練の過程でもある。 
 交感神経を興奮させるような刺激はまず運動であるが、医学的に問題になるのは情緒の面で、喜・怒・悲・思・憂・恐・驚の七情である。交感神経の調整がうまくいかない、すなわち肝の失調に対し、漢方ではきめ細かく対応できるように多くの処方が準備されていることに目を向けると、漢方が臨床医学の宝庫であることがおのずから理解されてくる。音に敏感でイライラし神経過敏なときに柴胡加竜骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)や抑肝散(よくかんさん)、生理前にかっかっして怒りっぽい時に加味逍遥散(かみしょうようさん)、神経過敏で喉に物が詰まったようなときに半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)、めまいと動悸に苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)など、漢方は自律神経すなわち気を整え、いわゆる不定愁訴に対応できる治療学であることがわかる。
 和田東郭の『蕉窓雑話』を読んで肝について考えをまとめた。

テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

プロフィール

仲原靖夫

Author:仲原靖夫
昭和51年広島大学卒業、中部病院で外科の研修を終え、八重山病院、アドベンチスト・メディカルセンター、ハートライフ病院、屋比久産婦人科小児科東洋医学センターで西洋医学と東洋医学を併用した診療を続けてきた。現在、『仲原漢方クリニック』(沖縄県那覇市牧志)院長。

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東洋医学の雑記帳

仲原漢方クリニック院長のドクター仲原が、1992年から2001年まで、週刊レキオに東洋医学、漢方関連の記事を掲載していたものをまとめた本です。現代西洋医学と東洋医学の病気の考え方の違いや漢方についてわかりやすく解説されています。 冷えの害、不定愁訴について、漢方で癌は治せるか、リウマチと漢方、肩こりについて、風邪について、偏頭痛、不眠、関節痛、自律神経失調症など。

定価:1,000円(税込価格)

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