今年の春

 今年の春は少しおかしかった。例年四月にもなると診察室は暑くてクーラーをつけないと仕事にならない日が多かったのに、今年は二三日、しかも時間を限ってクーラーをつけただけであった。天気図を見ると本土の気温の方が高い日もあった。最低気温が20度を割る日も見られた。
 そんな時、暦に合わせて早めに夏物に衣更えするとひどい目にあう。しまった冬ものを出すのも面倒だからとつい我慢すると、冷えて風邪をひいてしまうのである。
 傷寒論に『至って至らず』、『大過』、などの言葉がみられる。それは春分の日が来てもまだ気候は冬のままであるとか、あるいは既に夏のように暑くなっているというように、その年によって暦の季節と実際の気候の間にギャップがあることを指摘している。これは暦の季節にあわせて生活し、実際の気候に対応しないと体調を崩す場合のあることを特に注意していると思われる。
 そんな今年の春は咳がなかなかやまない人がちょいちょい見られた。二三週間前に風邪を引いたのだが、咳が止まらないというのが多かった。熱もなく、食欲はふつう、咳にだけ続く。多くの場合は痰が切れにくく、発作的に咳を連発する。しばらくして同じ咳を繰り返す。このような症状を漢方では大逆上気いい、麦門冬湯(ばくもんどうとう)を処方する。これは気道が乾燥して痰が粘っこく絡んで出にくいため、咳を繰り返すのである。処方の中の麦門冬が気管、気管支など、気道の表面に潤いを与え、痰を出しやすくする。また微熱や寝汗がある咳では柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)を与える。粘っこい痰は体の水分の量が比較的少なくなる、すなわち陰虚の状態になる年寄りに多く見られる傾向がある。
 私ももう少し若いころは少々無理しても、勢いで風邪も乗り切れると高をくくっていたが、還暦を超えると無理がきかなくなってきた。やせ我慢をするとすぐ風邪をひくので、微妙な気候の変化にまめに対応することで今年はなんとか酷い風邪をひかなかった。そして、さらに外来に見える高齢者の方々のいろいろな訴えに対して、実感を持って共感する頻度も増えてきたように思われる。体は確実に腎虚に向かって進んでいる。医者自身も年をとらないと本当の意味では高齢者の悩みがわかりにくいと再認識させられる。

テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

プロフィール

仲原靖夫

Author:仲原靖夫
昭和51年広島大学卒業、中部病院で外科の研修を終え、八重山病院、アドベンチスト・メディカルセンター、ハートライフ病院、屋比久産婦人科小児科東洋医学センターで西洋医学と東洋医学を併用した診療を続けてきた。現在、『仲原漢方クリニック』(沖縄県那覇市牧志)院長。

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東洋医学の雑記帳

仲原漢方クリニック院長のドクター仲原が、1992年から2001年まで、週刊レキオに東洋医学、漢方関連の記事を掲載していたものをまとめた本です。現代西洋医学と東洋医学の病気の考え方の違いや漢方についてわかりやすく解説されています。 冷えの害、不定愁訴について、漢方で癌は治せるか、リウマチと漢方、肩こりについて、風邪について、偏頭痛、不眠、関節痛、自律神経失調症など。

定価:1,000円(税込価格)

発行:(株)週刊レキオ社
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