ホルモンと漢方

 漢方の勉強を始めた頃、ホルモンの欠乏を漢方薬の効果で補うことができるのではないかと考えたことがある。偉い大先生の治験例の中にホルモン異常の病気が漢方薬でよくなったという報告を見つけたからである。
 例えば甲状腺機能亢進症に柴胡加竜骨牡蠣湯が効いたとあるので、バセドウ病の患者さんに柴胡加竜骨牡蠣湯のみを投与してみたが、漢方のエキス剤ではあったが、それだけでは効果が不十分であった。煎じ薬でないため効果が弱かったのではないか、自分の見立てが不十分で処方が合わないため効果が出ないのではないかなど、漢方薬が効かない理由が考えられた。結局漢方薬だけではうまくいかなかったので、西洋医学的に甲状腺ホルモンの過剰生産を抑制する抗甲状腺剤を併用した。
 また糖尿病に八味地黄丸が効くというので一型糖尿病の患者さんが漢方薬で何とかしてほしいと言われ、インスリンを使わずに八味地黄丸のみで治療したがうまくいかず、結局内科で西洋医学的対応、すなわちインスリンによる治療をしたことがあった。
 あれから20年が過ぎて以前よりは漢方薬を効果的に使えるようになって、その可能性や限界について以前よりは判断できるようになったと考え、現在の私の能力による漢方治療の可能性についてまとめてみた。
 現在私は甲状腺機能亢進症の治療においては抗甲状腺剤と漢方薬を併用したほうがよいと考える。漢方薬だけでは治療効果が不十分であることがある事と抗甲状腺剤の併用効果が確実で治療期間を短縮できるからである。さらに病気の起こってきた背景に注目して、甲状腺機能亢進に至った生活上の原因について指摘し、生活指導を徹底できるよう成った。西洋薬の抗甲状腺剤だけの治療で再発を繰り返す場合には特にそのあたりが重要ではないかと考えている。
 一方甲状腺機能低下症について甲状腺ホルモンを投与せずに四逆湯などの補陽薬つまり代謝賦活薬で治療できるかという疑問がある。橋本病などのように徐々にホルモンの量が減ってくる過程で機能低下の程度が軽い場合は漢方薬で症状の改善が期待できるが、進行した重症例の場合は、これまでに経験はしていないが、甲状腺ホルモン剤を投与して、併せて補中益気湯や人参湯など代謝を賦活する漢方薬を併用するべきではないかと考える。
 二型糖尿病では糖質制限食の食事療法を徹底して漢方薬を併用したら治療が楽であると最近の経験から感じている。膵臓に負担をかけない食事療法を徹底することが基本ではないかと最近は考えている。一型糖尿病での漢方薬の可能性はどうかということについては糖尿病の専門医でない現在の自分の立場では確認できない。ただこれまでの経験からすると漢方薬だけでは無理ではないかと考えてはいる。糖尿病の治療の基本は食事と運動で、それが適切で血糖のコントロールがうまくいった状態で、起こっている合併症に対して漢方薬で対応するのがいいのではないかと考えている。血糖のコントロールがうまくいかないと血管の障害が進むので、それを漢方薬がどの程度防いでくれるのかわからないし、血糖コントロールが不十分な状態では漢方薬の効果もわかりにくいと思われる。ところが我が漢方の師、故小川新先生は腹診を基本にした診察から導かれた漢方処方により血糖が下がってきた症例の話をされた。名人芸であるが、食事療法が的確でないと漢方薬だけでは糖尿病の病態を正すことは無理であるというのが現在の私のレベルでの見解である。
 更年期障害では西洋医学的にはホルモン補充療法が基本であるが、それでうまくいかないときに漢方薬でも十分対応できることを経験している。それは性ホルモンが生命の維持に必須でないために、症状に応じた漢方薬が十分に効果を発揮するからではないだろうか。
 副腎機能低下症では副腎皮質ホルモンが生命維持に必須のホルモンであるから、ホルモン補充を行わないと救命できないのではないかと考えられる。漢方薬ではショック状態に対応する四逆湯などを使うが、それだけで回復できるかどうかわからない。現代医学的な治療を行っても状態が良くならないときに、漢方薬を併用して好転する場合に漢方薬の効果が確認できると考えるが、私のクリニックの診療ではその確認はできない。
 漢方薬による治療の可能性は治療者の技術と経験によって可能性が広がっていくことは先人が示していることである。ここに書いたのは私の現在の漢方の技術レベルにおける考えである。

テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

プロフィール

仲原靖夫

Author:仲原靖夫
昭和51年広島大学卒業、中部病院で外科の研修を終え、八重山病院、アドベンチスト・メディカルセンター、ハートライフ病院、屋比久産婦人科小児科東洋医学センターで西洋医学と東洋医学を併用した診療を続けてきた。現在、『仲原漢方クリニック』(沖縄県那覇市牧志)院長。

リンク
書籍の紹介

東洋医学の雑記帳

仲原漢方クリニック院長のドクター仲原が、1992年から2001年まで、週刊レキオに東洋医学、漢方関連の記事を掲載していたものをまとめた本です。現代西洋医学と東洋医学の病気の考え方の違いや漢方についてわかりやすく解説されています。 冷えの害、不定愁訴について、漢方で癌は治せるか、リウマチと漢方、肩こりについて、風邪について、偏頭痛、不眠、関節痛、自律神経失調症など。

定価:1,000円(税込価格)

発行:(株)週刊レキオ社
(株)週間レキオ社又は全国の書店および「当クリニック」にて販売中

ブログ内検索
最近の記事
カテゴリー
月別アーカイブ