命の限界について

 暮れから中村仁一先生の『大往生したけりゃ医療に係わるな -自然死のすすめ-』を読んで大いに共感したので、新年早々老化について整理した。
 人間生まれたら必ず死ぬ、つまり死亡率100%である。これを誰も否定できないし、誰もが知っていて口に出したがらない事実である。生まれて成人し、身体も心も一人前になり、結婚し子供を生み育て、役割を終えた頃、身体は老化による衰えが自覚され、その後は次第に機能的にも肉体的にも衰え、枯れて遂には死に至る。人生の折り返し点はどこかというと女性では生理が上がる更年期、男性も還暦を過ぎて子作り、子育てを完了した時点だと考えるべきと言われる。子孫を残せる期間を先生は人の賞味期限と呼んでおられる。賞味期限を過ぎたら人間としての役割は果たしたので、たとえば癌になってもじたばたせずに成り行きに任せると、大した痛みも起こらずに安らかに最後を迎えられる、いわゆる自然死ができると言われる。自然死は苦痛を伴わないこと、介護施設で癌の治療を行わなかった高齢者を看とる過程で何十例も観察したこと、を述べておられる。癌末期は激しい痛みで苦しみ、悲惨であるという一般的認識は、医学的に治らない癌に対して無理な治療を重ねた結果ではないか、すなわち医療によってもたらされた苦痛であると推測しておられた。進行して到底治りそうも無い時期の癌に対しても激しい化学療法を行なう現代医学的対応にクレームをつけておられ、多くの進行癌を診てきた私自身にも非常に説得力があると感じた。
 医学の使命は病気を治し、命を救い、苦痛を和らげることである。しかし治せない病気があり、命が救えない場合もある。特に注目すべきは、その人の寿命を越えたら命を救うことはできない。まず薬が効かないし、自分で食物を消化吸収できないので食事を受け付けない。点滴をしても栄養や水の処理ができず、尿量が減って身体が浮腫んでくる。そのような時は何もしないほうがいいということを私も経験的に理解している。従って命の限界を見極めることが大切である。それを正しく見極める能力を医師は身につけなければならない。漢方の古典『傷寒論』には生命力のぎりぎりまで対応する処方が書かれている。それが通脈四逆加猪胆汁湯である。これはトリカブトの入った処方、四逆湯に豚の胆汁を加えた処方で、起死回生の効果を持つ四逆湯が飲めずいよいよ生命力尽きようとする時に、豚の胆汁を加え、何とか胃に薬を送り込むように工夫した処方である。若しこれが胃に届けばひょっとしたら生命力が賦活されるかもしれないが、だめかもしれないというぎりぎりのところで使う薬である。それ以上悪くなると助からないことを漢方の傷寒論には書いてある。
 いずれにしても人の生命力には限界があることは間違いのないことであるが、どのあたりが限界かということがわからないために、一応はできるだけのことをしようとするのが一般的な医学的対応である。するとあいまいな部分で過剰な治療をして、逆に患者に負担をかけ、苦痛を与えてしまいがちであることが問題なのである。
 現在西洋では自分で食事が取れない、胃が食事を受け付けなくなる時点を生命力の限界として、それ以上は治すための治療を施さないということであり、きわめて妥当な対応と考える。ところが日本ではそのあたりが明確にされていないので、お茶を濁すような対応がされるので患者を苦しめることなになる点に問題があると思う。
 つまり生命力、すなわち寿命には限りがあることお互いに了解した上で治療しないと余計な御世話をすることになるといいたいのである。したがって治療する側も治療を受ける患者も命には限りがあるという厳然たる事実を明確に了解することが大事で、それが今を存分に生きることにつながることを中村先生は強調しておられた。誠に妥当な意見と思う。

テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

プロフィール

仲原靖夫

Author:仲原靖夫
昭和51年広島大学卒業、中部病院で外科の研修を終え、八重山病院、アドベンチスト・メディカルセンター、ハートライフ病院、屋比久産婦人科小児科東洋医学センターで西洋医学と東洋医学を併用した診療を続けてきた。現在、『仲原漢方クリニック』(沖縄県那覇市牧志)院長。

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東洋医学の雑記帳

仲原漢方クリニック院長のドクター仲原が、1992年から2001年まで、週刊レキオに東洋医学、漢方関連の記事を掲載していたものをまとめた本です。現代西洋医学と東洋医学の病気の考え方の違いや漢方についてわかりやすく解説されています。 冷えの害、不定愁訴について、漢方で癌は治せるか、リウマチと漢方、肩こりについて、風邪について、偏頭痛、不眠、関節痛、自律神経失調症など。

定価:1,000円(税込価格)

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