治療において文献に出にくいもの

 漢方の治験例などの文献を読んでいると、記録に書かれにくいものがあり、しかもそれは治療の継続、効果に大きく影響していると最近特に感じる。それは自分が医者になって人生の経験をつむことによって、少しは診療に幅ができたこと、患者を色々な方向から観察できるようになり、少しは対応に幅がでてくるようになったことなどから、文献に書かれていない背景も少しは見えるようになってきたからではないかと思う。
 漢方診療ではその人の訴える症状を整理し、まとめて証とし、ある特定の漢方処方に結びつける作業をする。そこで従来あまり知られていなかった病態に漢方処方を対応させ、新しい治療の可能性を見つけていくと、それらが学会で発表され、専門誌に投稿される。それらの発表で見えないのが医師と患者の日常診療におけるやり取りである。
 問診で患者の訴えない隠れた症状を引きだし、表情や態度から患者の恐れや、不安を感じ取り、あまり心配させないように対応する。病気におけるものの道理を示し、患者の自分勝手な思い込みを指摘して一般的な考え方に戻し、偏った考え方を指摘し、無理な生き方の医学的側面からの指摘などを行なう。また相手の思いや、辛さに共感を示すことで患者の心に安心感を与え、リラックスした状態を引き出す。それによって患者が病気に向き合い、治療を受け入れ、苦痛を克服して行こうとする気持ちを引き出していく。そのような診療過程において漢方薬が処方され、その薬の効果が発揮されていくのである。
 また薬の処方以外に生活指導、すなわち養生の指導はさらに大事である。例えば『何となく体調がよくないが仕事を休むわけには行かないから薬をください』といってみえる患者さんがいる。気持ちはわかるが、笑ってしまうのである。体調が悪いときはまず身体を休め、生活を整えるのが基本である。そしてその上で薬の力を借りてからだの治癒力を助けるのであって、薬だけで治療するのではないとよくよく説明するのである。しかし厳しい社会の中ではそうは行かないと知りつつも、一応の建前は説明するのである。もし対応が適切でなければ身体はさらに不調の度合いが増し、結局仕事ができないように、強制的に身体を休まさざるを得なるのである。つまり、病気の治療においては食事、休息、睡眠、年齢に応じた仕事の仕方等病気の成り立ちに応じて必要な事柄を指示しながら、その上で薬を処方しているのである。また風邪を引く場合は、安静と温かくすること、冷たいものを摂らないようにすることとあわせて漢方薬の力を借り、冷えにやられた体温調節機能を取り戻そうとする。つまり身体の体温調節をやりやすいように具体的な療養の指示を与えることが薬の効果を最大限に引き出す方法なのである。
 また治療する医師の治療に対する自信は何にもまして重要である。医師の自信はそれだけでも患者に安心感を与えるので、治療の前提条件が満たされてくる。つまり、患者はこの先生の治療を受ければ治ると気持が定まる。しかしその自信はは日々の研鑽と治療経験の蓄積によって生まれるものであるから一朝一夕には身につかない。常に新たな創意工夫を続ける必要がある。新たな治療の可能性を模索するという努力を続けることが新たな自信を加えていくことになることをいつも実感する。
 このように効果的な治療の背景には治療者の人生経験に裏付けられた自信、適切な生活指導、スタッフの心配り、などが合わされて効果として確認できる治療を支えていることを紹介しておくことも意味があるのではないかと考えた。

テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

プロフィール

仲原靖夫

Author:仲原靖夫
昭和51年広島大学卒業、中部病院で外科の研修を終え、八重山病院、アドベンチスト・メディカルセンター、ハートライフ病院、屋比久産婦人科小児科東洋医学センターで西洋医学と東洋医学を併用した診療を続けてきた。現在、『仲原漢方クリニック』(沖縄県那覇市牧志)院長。

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東洋医学の雑記帳

仲原漢方クリニック院長のドクター仲原が、1992年から2001年まで、週刊レキオに東洋医学、漢方関連の記事を掲載していたものをまとめた本です。現代西洋医学と東洋医学の病気の考え方の違いや漢方についてわかりやすく解説されています。 冷えの害、不定愁訴について、漢方で癌は治せるか、リウマチと漢方、肩こりについて、風邪について、偏頭痛、不眠、関節痛、自律神経失調症など。

定価:1,000円(税込価格)

発行:(株)週刊レキオ社
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