慢性前立腺炎

 中部病院の外科研修ローテーションで泌尿器科を回ったときに印象に残っている病気の一つに慢性前立腺炎があった。前立腺炎には急性と慢性があり、急性の炎症は細菌感染によるもので、高熱が出て会陰部痛などの症状は激しいが、抗生物質がよく効くので治療上大きな問題はなかった。ところが慢性前立腺炎は、症状は激しくないものの膀胱から会陰部、尿道にかけてチクチク、ムズムズという不快感があり、いつもトイレに行きたいような感じがして落ち着かないため、仕事に集中できず、精神的にも追いつめられるようなことが起る深刻な病気であった。ところが治療にはこれという決定的なものがないのが問題であったが、すぐ命にかかわる病気でもないので何となく放置されたような印象であった。抗生物質はほとんど無効、精神安定剤を内服してもらい、前立腺マッサージなどを施すが満足のいく効果はえられず、患者はあちこちの泌尿器科をドクターショッピングすることになり、挙句の果ては心療内科のほうへ回される状況であった。その状況は今も大してかわっていないのではないかと思う。
 漢方の外来にも時々そのような患者さんがみえるが、治療上余り困ることはない。というのも慢性前立腺炎のような病態に対応する漢方薬があるからだ。
 漢方では前立腺の炎症を肝経の湿熱と考える。肝経というのは鍼灸の十二経絡の厥陰肝経のことである。それは足の拇趾の爪の付け根の外側の大敦というツボに始まり、下肢の内側からソケイ部を経由し、生殖器、膀胱を通って躯幹の前外側を上行し、乳房から腋を通って頚部、顔面前外側を通り、頭頂部の百会にいたる。その経絡上に前立腺があることから、前立腺の炎症を、肝経の湿熱と考えるのである。湿熱とは炎症による浮腫の状態と考えればよい。そのような病態に使う処方が竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう)である。竜胆とはリンドウの生薬名で瀉肝とは肝経の病邪を排除することである。この漢方薬を内服すると比較的短期間に不快な会陰部の症状がとれてくる。またこれとは別に下腹部の炎症に使われる処方に大黄牡丹皮湯(だいおうぼたんぴとう)がある。教科書的には虫垂炎と思われる病態に使われる処方であるが、前立腺炎にも有効ではないかと考えている。この処方には牡丹皮、桃仁が含まれ、鬱血を除き炎症を抑える働きがある。また下腹部は静脈が鬱滞しやすい場所であるから、血の巡りを良くする桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)や桃核承気湯(とうかくじょうきとう)、通導散(つうどうさん)も効果があるのではないかと考える。難しい症例ではこれらの処方を組み合わせれば何とか解決できると考えている。
 また前立腺炎や痔など下腹部の症状はアルコールの摂取によって確実に悪くなるので、治療期間中お酒は控えるのが原則である。
 西洋医学では有効な抗生物質が数多く開発され、細菌感染症にはきわめて威力を発揮してきたが、一方で抗生物質の無効な病態には今もって治療に難渋しているという現実がある。そんな中で漢方的な発想による治療が有効であることは現代医学における大きな救いではないかと思う。

テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

プロフィール

仲原靖夫

Author:仲原靖夫
昭和51年広島大学卒業、中部病院で外科の研修を終え、八重山病院、アドベンチスト・メディカルセンター、ハートライフ病院、屋比久産婦人科小児科東洋医学センターで西洋医学と東洋医学を併用した診療を続けてきた。現在、『仲原漢方クリニック』(沖縄県那覇市牧志)院長。

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東洋医学の雑記帳

仲原漢方クリニック院長のドクター仲原が、1992年から2001年まで、週刊レキオに東洋医学、漢方関連の記事を掲載していたものをまとめた本です。現代西洋医学と東洋医学の病気の考え方の違いや漢方についてわかりやすく解説されています。 冷えの害、不定愁訴について、漢方で癌は治せるか、リウマチと漢方、肩こりについて、風邪について、偏頭痛、不眠、関節痛、自律神経失調症など。

定価:1,000円(税込価格)

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