身体の声を聴こう

 最近興味深い訴えを聞いた。
 ある日突然倒れて病院に行ったら働き過ぎといわれたというのである。つまり、その人は倒れるまで仕事を続けていたのである。普通、身体は過労で倒れる少し前に必ず何らかの信号を発する。朝起きたら気分が悪い、身体がだるい、肩こり、頭重、不眠、食欲がない等々、何らかの症状があるはずである。しかし、その人はそれらの危険信号である症状が病院を訪れるきっかけになっていなかった。なぜその人は体の防衛機能が働かなかったのかが問題である。
 そのような人の問診表の症状チェックを見るとたくさん丸がついているので、多くの症状があることに気がついていたのは間違いない。ではなぜ突然倒れるまで病院にいかなかったのだろうか。これは私の推測であるが、このような人は非常にまじめで『・・・ねばならない』、『・・・こうあるべき』という意識が強すぎて、身体の発する危機信号を抑制、或いは無視してきたのではないかと思われる。
 身体にはさまざまな身体感覚が備わっている。朝起きたときの気分、爽快感、不安感、頭痛、肩こり、耳鳴り、食欲、疲労感、驚き、恐れ、などの情動、好き嫌いの感情・・・。これらは『・・・であるべきとか』『ねばならない』という大脳皮質の価値観とは全く別に、脳幹や大脳辺縁系から発する生命体の現状をストレートに表現している信号と考えられる。いわば身体の本音である。これに対して『ねばならない』『こうあるべきという』認識は社会規範として生命感覚を抑制し、社会生活をスムーズに送るための前頭葉の理性の働きと考える。これらをわかりやすく言い換えると建前と本音の話になる。世の中は建前が基本で成り立っており、わがままが通りにくいが、家に帰って家族の中にもどると気が抜けてくつろぎ、比較的本音が出せてバランスをとっている。すると問題は建前と本音のバランスにあることがわかる。まじめに仕事することは一般社会では歓迎されることである。ところがまじめの度が過ぎると四六時中仕事のことだけを考えて生活するようになり、本音の出番がなくなる。本音は働きすぎて疲れて休みたいのだが、仕事をしなければという思いが強いと本音を抑えてしまう。そのうち本音が何だったのかも忘れてしまい、ついには倒れてしまうことになるのではないかと考える。身体は嘘をつかないが、建前の心が強すぎると身体の切実な訴えつまり本音を無視し、つい無理をして病気になるまで本人は気づかなくなる。
 人間の身体は一般的には昼行性で昼は働き、夜は休むのが基本リズムである。昼は身体を動かして社会生活を送る建前中心の世界で交感神経が支配している。夜になると家に帰り、身体と心を休め、ゆっくりくつろぐ副交感神経、本音の世界に変わる。そこで英気を養い、明日への活力を蓄えるのである。つまり活動と休息の規則的なリズムが健康の基本になっている。
 現代社会は労働環境が厳しく就労時間が長いし、また夜間は煌々とライトが輝き、夜間も活動するようになると睡眠時間が短くなり、交感神経にバランスが傾いていく状況にある。休息が十分でないと身体は疲れているのに眠れない、休んでも疲れが取れないなど複雑な病状を呈し、治療も難しくなる。そうならないように、自然のリズムに合わせて生活し、身体が何らかの信号を発した時にしっかり受け止めることが病気の予防につながる。

テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

プロフィール

仲原靖夫

Author:仲原靖夫
昭和51年広島大学卒業、中部病院で外科の研修を終え、八重山病院、アドベンチスト・メディカルセンター、ハートライフ病院、屋比久産婦人科小児科東洋医学センターで西洋医学と東洋医学を併用した診療を続けてきた。現在、『仲原漢方クリニック』(沖縄県那覇市牧志)院長。

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東洋医学の雑記帳

仲原漢方クリニック院長のドクター仲原が、1992年から2001年まで、週刊レキオに東洋医学、漢方関連の記事を掲載していたものをまとめた本です。現代西洋医学と東洋医学の病気の考え方の違いや漢方についてわかりやすく解説されています。 冷えの害、不定愁訴について、漢方で癌は治せるか、リウマチと漢方、肩こりについて、風邪について、偏頭痛、不眠、関節痛、自律神経失調症など。

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