死生観

 職業柄特に医師にとって死にたいする基本的な考え方を整理しておくことは不可欠であると常々感じてきた。救命救急医療に携わる場合は、無条件に救命を最優先に考えて対応するためその重要性は比較的少ないと思われる。自分が若い頃救急を中心に医療を行なった頃もそのようであった。
 しかしその頃でも悪性腫瘍で進行癌の末期の患者さんに対応する場合は、死に対する自分の覚悟をしっかり持っていないと、死への恐怖を患者さんから訴えられたとき、納得のいく対応はできなかったと今ふりかえる。乳癌の全身転移で痛みを訴えて非常に不安を感じている患者さんがおられた。病気の予後の説明をしようと、家族を呼んでくれるようにそして何か宗教はお持ちですかと尋ねたところ、『えっ!先生私死ぬんですか?』と聞かれてあわてたことが鮮明に思い出される。
 昭和50年代後半の頃は現在のように、まだ癌の告知が一般的でなく、病名を知らせないで看取ることも多かった。しかしその後癌がめずらしい病気でなくなり、マスコミでも癌に関する医学情報がふんだんに報道されるようになると、患者は自分の症状に照らし合わせて自分の病名をうすうすは見当つけられるようになってきた。すると病名を隠し通すことが困難になってきた。それと同時に患者の知る権利が提唱され、インフォームドコンセントすなわち十分な医学的説明がなされた上での同意が治療に求められるようになった。そして20年あまりたった現在、医療現場で癌の告知はほぼ当たり前のこととなってきた。
 癌の治療は進んではきているものの、進行癌における5年生存率すなわち生き延びる確率は以前とそう変わらない。つまり進行癌の場合は、癌が死に直結するイメージが依然として続いている。
 自分が年をとり、還暦を迎えるようになると仕事柄多くの人を看取り、多くの死に立会い、身内の死を看取る体験を経てきた。すると病気の治療において避けられない死を常に視野の中に入れて対応すべきであると考えるようになった。すなわちたとえ癌を生き延びたとしても何年か後には老いを迎え、死を避けることができないという厳しい現実がある。
 ところが臨床の現場で死について語ることはまだためらわれる面があり、つい避けたくなるのではないかと感じている。幸いなことに私は大学の頃から死について考える機会があった。死に関する本を意識的に読み、また禅寺に通い、参禅したときに老師から、『生まれたときから死は常に一緒にある。生きよう、生きようとする一歩は死に近づく一歩です。』と『死生一如』について教わった。さらに医師になり経験を重ねて身近に死を実感するようになった。そして高齢化社会になり、年配の患者さんを診る機会が増えるなか、皆さんの死にたいする恐怖も見え隠れすることが増えたような印象をもつこの頃である。
 そのような経緯で自分が開業するに当たり掲げた理念の第一が『限りある寿命を自覚する』という言葉になった。
 漢方では病気の原因の中の内因に七情がある。七情とは喜怒憂思悲恐驚をさし、情動すなわち激しい感情の偏りのことをさしている。感情の偏りが自律神経やホルモンのバランスに影響して身体の不調を引き起こすのである。特に憂、思、悲、恐などの感情はつまるところ死の恐怖に発しているのではないかと思う。従って死に対する自分のスタンスが定まっておれば死の恐怖に対する不安も少なく、病気の原因として恐れの影響が余り問題にならないだろうと思うのである。従って死を正面から肯定的に語ることが治療する上で必要になってきていると思うのである。
 私の師匠の一人、上原真幸先生とある免疫学の大家の大学教授との夕食会での対話が印象に残っている。教授が『私は120歳まで生きるつもりでおります。』といわれると上原先生はすかさず『私は死ぬべきときには死ぬ覚悟ができております。』と答えられた。またあるとき『自分が死ぬ間際に何を思うかを考えたらいい。すると今何をすべきかがわかるよ。』といわれた。死を受け入れる気持ちへの貴重なヒントになると思う。
 すなわちいい人生であったと思えるように日々生きようとすることによって、死を恐怖の対象としてではなく、自然の成行きとして肯定的に受け入れることにつながるということではないかと思うのである。

テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

プロフィール

仲原靖夫

Author:仲原靖夫
昭和51年広島大学卒業、中部病院で外科の研修を終え、八重山病院、アドベンチスト・メディカルセンター、ハートライフ病院、屋比久産婦人科小児科東洋医学センターで西洋医学と東洋医学を併用した診療を続けてきた。現在、『仲原漢方クリニック』(沖縄県那覇市牧志)院長。

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東洋医学の雑記帳

仲原漢方クリニック院長のドクター仲原が、1992年から2001年まで、週刊レキオに東洋医学、漢方関連の記事を掲載していたものをまとめた本です。現代西洋医学と東洋医学の病気の考え方の違いや漢方についてわかりやすく解説されています。 冷えの害、不定愁訴について、漢方で癌は治せるか、リウマチと漢方、肩こりについて、風邪について、偏頭痛、不眠、関節痛、自律神経失調症など。

定価:1,000円(税込価格)

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