寒行について

 新年になると寒行に類する行事があちらこちらで行われる。
 今日はロシアのアムール川河畔でロシア正教の信者が集まり、キリストの洗礼にならって氷点下15度の川の水に浸かる行事があったとのことである。真冬の滝に打たれたり、寒中水泳を行ったり、寒稽古等々の話も聞かれる。これを行うと一年中無病息災ということになっているようである。そこで寒行の意義について考えてみた。
 最も寒い冬、裸になるということはかなり強い物理的ストレスを身体に与えることである。その上さらに冷たい水の中に入るのであるから身体の負担は更に倍加することは容易に理解できる。寒さに対応するために身体は交感神経をフル稼働させ一挙に代謝を高め、熱産生を促進しなければならない。交感神経がフル稼働すると血圧が上がり、心拍数が増加し、心臓に負担が一挙にかかる。また外界の寒さに対応するため、熱を奪われないように身体の表面の血流を減らし、内臓の代謝は上げなければならない。もし狭心症や心筋梗塞の既往など心臓の持病がある場合、心臓がストレスに耐えられず発作を起こす可能性もある。高血圧の人では血圧が一気に上がり、脳出血を起こすかもしれない。このように危険なことを何故やるのだろうか。
 健康な人であれば極端なストレスにも短時間であれば耐えられる。またあらかじめ厳しい状況を予想して覚悟すれば、自律神経も無意識にその状況に備えると考えれば、多くの場合は危険な状況を乗り越えられると考える。一度交感神経を極端に刺激して慣らし運転をしておけば、ある程度のストレスには楽に耐えられ、心臓もびっくりしないのではないかと考えられる。いわばインフルエンザのワクチンを前もって注射してウィルス抗体価を上げて予防するような意味合いで「ストレスのワクチン」とも考えられる。
 このように考えれば真冬に冷たい川の水に浸かることが無病息災に繋がるということにもそれなりの道理があることが納得される。しかし、持病を持つ人は当然避けたほうがよいのはいうまでもないことである。
 同じようなことで、面を被った男たちが、くさい泥を子供に塗りたくる宮古島のパーントゥ行事や炭などを顔にぬる行事も、恐怖というストレスに対する精神的ワクチンと考えれば、健康に育つように願う神事の意義が理解されてくる。
 現代社会がさまざまな健康障害を起こしてくるには、あのような生きていくうえでのストレスワクチンが失われたせいかもしれないと思いついた。

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思うこといわざるは腹ふくるるわざなり―井戸端会議のすすめ―

 最近症状の背景にストレスを抱えた人の受診が多いような気がする。ストレスの多くは言葉として口に出し、吐き出すことでかなり発散されるのではないかと私は考えている。不平、不満を並べ、愚痴をこぼすことは自分の弱さをさらけ出すことで一般的にはいい印象はない。また社会的には口が軽いとか、おしゃべりとか、軽薄とかマイナスのイメージでとらえられる面がある。また悪口をいわれる方は当然いやな思いをするに違いないから、相手のことを思えばむやみに口にするべきでないこともあるかもしれない。それでも他に迷惑がかからないような場所と相手を選んで発散した方が病気の治療の面からはいい場合もあるように思う。
 肩こり、頭痛、疲れやすい、疲れが取れない、眠りが浅いなどの症状は一般的によくみられる症状である。それが針治療や漢方薬で効果的にとれにくい場合があるのでストレスの発散がうまくいっていないのではないか確かめてみるのである。少し治療になれた頃、背景に人に言えないような悩みがあるのではないかと聞いてみる。そして、その悩みを聞いてくれる人が誰かいるのかときくと、多くの場合は『そんなこと人には言えない』という。人に言えないような悩みは悲しみ、憂い、驚き、恐れ、怒りなどの感情すなわち情動につながり、それがストレートに表現されるとそこで解消されるが、心の奥にしまいこまれると無意識の中で視床下部や脳幹部に作用してホルモンの異常や自律神経とくに交感神経の緊張などにつながっていくのではないかと思う。
 不平不満の多くは口に出すことは社会的にはばかられることである。よっぽど信頼できる相手と場所を選んでしゃべらないと困ることになるのであるから、クリニックの診察では何をしゃべってもよいことにしてある。スタッフにとっては知らない人たちのことであるから愚痴の受け皿になっても右から左にききながせるから問題はないと話している。ただ話を聞く時間に制限があるので、聞くことにそう長い時間は割けない難点がある。そういう時はカウンセリングを受けられる施設を紹介することにしている。
 気軽に悩みを口に出せる人と口に出しにくい人がある。一般的に生真面目な人、やさしい人、相手を気遣ういい人はあまりストレスの発散がうまくいかないような傾向がみられる。社会的な価値観に逆らいにくいので自分の殻を破りにくいのではないかと思う。そういう人ほど身体の症状も頑固である。
 東洋医学の強みはストレスからくる身体の症状を積極的に治療する手段があるということである。直接悩みを聞かなくても身体がほぐれて頭や肩、首の重みや覆いかぶさっていたものが取れるので気分が楽になってくる。そしてイライラを鎮め、寝つきをよくしたり、だるさをとったりホルモンのバランスを整えるような漢方薬もあるので比較的に対応が楽である。しかしストレスが強い場合には潜在的な葛藤に専門的なアプローチが必要と感じることも出てくる。
 “思うことを言わざるは腹膨るるわざなり”とは徒然草に出てきた言葉であったと記憶している。ストレスで交感神経が緊張すると胃腸の運動が抑えられるので、腸にガスがたまって腹が膨れてくると解釈でき、医学的にも正しい言葉であると思う。
 以前は井戸の周りに集まって洗濯をしながら井戸端会議で主婦はたまりにたまった不平・不満・愚痴を吐けば腹も膨れずにいたと思われるのであるが、最近の生活の変化で井戸の周りに洗濯で集まることもないので、女性ストレスの発散もうまくいっていないようなのである。そういうと現在では『井戸端会議』が死語になっていることに気がついた。現代風には居酒屋会議、ティーラウンジミーティングになっているのかもしれないが、周囲に気を許せる仲間のいない孤立する傾向の現代生活の場合には『井戸端会議』成り立たちにくいかもしれない。時は流れている。

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病蔵に入れば半死半生なり

 漢方の古典に『病蔵に入れば半死半生なり』という言葉がある。五臓六腑の五臓、つまり肝脾肺心腎がやられると半数のひとは死にますという意味で、黄帝内経素問にあったと記憶している。いいたい事は病気になって内臓がやられないうちに手を打って死に至らないようにする、つまりはっきり病気とは言えないが全く健康とも言えない状態の未病を治すことが大事であることを強調していると理解する。これに関連する言葉が『上工は未病を治す』という言葉である。名医は内臓がやられる前の未病の状態で治療を行なうという意味である。昔はどんな名医でも内臓がやられると命を助けることができなかったので、できるだけ病気にならないように、つまり予防医学を心がけたということである。それは日常生活の衣食住から労働、睡眠、性生活にいたるまで健康生活を指導するということである。
 現代においては内臓がやられても人工臓器により命をサポートすることができる。人工心臓、人工呼吸器、血液透析、高カロリー輸液、更には臓器移植という方法もある。これらは命をサポートできるが止むを得ざる手段であり、できれば自前の臓器で対応するほうがQOLにおいて断然いいに決まっている。
当然のことながら古代においては臓器不全に陥ると死を意味したのであった。すると医者の大事な仕事のひとつは助かる病気と助からない者を明確に診断し、助かる者を助けることであった。この点、現在の救急医療と基本的なスタンスは変わっていない。ただ現代においては助かる病気の範囲が大幅に広げられたことは周知のとおりで、これが科学技術の進歩による現代医学の優れた面である。
 ただ未病を治す段になると伝統医学のほうが優れているように思える。病気にならないように予防するほうが唯一病気による死を避ける手段であれば、より確実な予防法を見つけるべく智恵を絞って命の在り様を観察したことが古典の中に読み取れるのである。
 傷寒論という漢方の聖典ともいうべき医学書の名前が示すように、人間は進化の結果、恒温動物つまり体温を一定に保つことによって生命を維持するような生理的な仕組みを供えており、体温の維持を妨げる要因とくに『冷え』が最も害を及ぼす。急激な激しい冷えの場合、凍死、凍傷などは因果関係がわかりやすい。また冷えると風邪をひくこともわかりやすい。冷たい物を飲み続けることが体調を崩すとなるとわかりにくい。コップ一杯の水で体調を崩すことは、よっぽど胃腸の弱い人で無い限りまず起こらない。しかし慢性的に身体を冷やすと少しずつ身体を冷やし、鼻炎を繰り返し、風邪を引きやすいなどの微妙な変化を繰り返すことになり、それが免疫機能を低下させ大きな病気の基礎に成ると考える。
 先日からだが浮腫むので診察を受けたら、透析の準備をしなければいけないといわれたとショックを受けて見えた方がいた。それ以前に身体の変調は無かったかと聴いたところよく風邪を引いて喉を痛めていたということであった。身体を冷やすようなことをしていないか確認したところアイスコーヒーが好きでよく風邪を引いたという。風邪を引いて喉をやられたときに慢性の扁桃炎を合併しその結果生じた免疫複合体が腎臓の糸球体に引っかかって炎症を起こし腎機能が落ちたとも考えられる。普段から風邪を引かないように注意したら腎不全は予防できたかも知れないと考えることもできる。

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運動時の水分補給について

  運動時は熱産生が亢進する。すると身体が熱く口もかわくので勢い水分補給は氷水になる。多くの運動の現場では氷の入った飲料水が置かれているようであり、私の中学の頃もバレーボールの部活で氷水を飲んだ。すると現場は40年来変わっていないようである。漢方的な見方からするとこれは非常にまずいことであると思う。
  運動時身体は熱くなる。従って冷たい飲み物を欲しがるのは人情である。ところが身体は体温を下げるために皮膚の血流を増やし、盛んに汗腺から汗を分泌している。すると内臓の血流は相対的に減少しており、胃腸はほとんど機能しない程度に血流は減っているはずである。これは運動時の交感神経の興奮により消化管の運動が抑制されていることと連動している。そこに冷たい飲み物を入れるとどうなるだろうか。胃は冷やされ、胃の消化吸収の働きは更に低下する。更に冷たい飲み物を詰め込むと胃は氷水をつめた袋になり、腹を冷やすことになる。からだは冷えを感じ汗は止まってしまう。すると更に身体は熱く感じるはずである。当然胃腸の水は吸収は悪くなる。冷えた胃は温まることを求めるので手足の血液は緊急避難的に胃に集中する。すると筋肉の血流は減ってくるので運動能力は低下し、悪ければ痙攣を起こしてくると推測され、悪循環を形成する。
  ではどうすればいいのだろうか。まず運動時の飲み物は温かいものにして少しずつ補給する。一度にそんなにたくさんは飲めないので胃の負担が軽くなり、吸収もよくなるだろう。すると効果的な水分補給になると考えられる。胃もたれがある人は水の吸収が悪いので五苓散をあらかじめ飲めばよい。水の吸収がよくなり、水が全身に運ばれるので水分補給が効果的になるのではないかと考えている。
  先日那覇マラソンに出た後から腹の具合が悪く、身体が冷えるという女性の方が見えた。マラソンの途中から胃の具合が悪く戻したという。手足は冷たく脈は触れにくい。胃に水がたまったポチャポチャという音が聞こえる。完走したというから本来元気な人であることは間違いない。そこで走りながら冷たい水をたくさん飲んだでしょうと聞いたら、そうだという。胃が冷えて水は吸収されないでたまって嘔吐したと考えられると伝えた。ほとんど尿は出ていないのではないかと聞くとそのとおりであった。そこで五苓散と手足の冷えに効く当帰四逆化呉茱萸湯を処方したところ、次回の外来では手足は温かく、胃の具合もよくなっていた。
  マラソンのときは温かいものを少しずつ補給したほうがいいですよといって納得してもらった。

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プロフィール

仲原靖夫

Author:仲原靖夫
昭和51年広島大学卒業、中部病院で外科の研修を終え、八重山病院、アドベンチスト・メディカルセンター、ハートライフ病院、屋比久産婦人科小児科東洋医学センターで西洋医学と東洋医学を併用した診療を続けてきた。現在、『仲原漢方クリニック』(沖縄県那覇市牧志)院長。

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東洋医学の雑記帳

仲原漢方クリニック院長のドクター仲原が、1992年から2001年まで、週刊レキオに東洋医学、漢方関連の記事を掲載していたものをまとめた本です。現代西洋医学と東洋医学の病気の考え方の違いや漢方についてわかりやすく解説されています。 冷えの害、不定愁訴について、漢方で癌は治せるか、リウマチと漢方、肩こりについて、風邪について、偏頭痛、不眠、関節痛、自律神経失調症など。

定価:1,000円(税込価格)

発行:(株)週刊レキオ社
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