外感と内風

 漢方では病気の原因を外因と内因に分ける。外因とは外から身体に作用するもの、気象の変化でその代表が風寒の邪ということになって、それを外感という。それに対して内因は喜怒悲思憂恐驚の七情となっている。七情は命の危険を察知して起こる情動の変化で精神的なストレス反応につながっていく。環境における気象的変化もストレス反応を引き起こすが、それは体温調整に関連する自律神経中枢に作用していく。一方精神的葛藤は大脳辺縁系から七情すなわち情動のほうに作用していくという違いがある。この違いを漢方で見ると非常に興味深い。
 同じストレス反応でも風寒に代表される気象条件は人体の表面に作用し交感神経に作用し、悪寒発熱にみるように体温調節反応を刺激するが、内面に作用する情動は漢方的な肝、すなわち現代医学的には交感神経に作用し、癇つまり、心・精神のほうに作用していく違いがある。その刺激の代表は外因では風寒、内因では喜怒悲思憂驚恐となっている。肝木は揺れる現象があることに関連して漢方的風につながり、外因の風寒の寒に繋がり、カンにつながる。このように言葉の上でストレスは外風、内風と風につながってくることがおもしろい。処方の上では外風は葛根湯、麻黄湯などの皮膚を温める作用の漢方薬で対応するが、内風の方は肝気鬱結を改善する小柴胡湯や大柴胡湯など柴胡剤に関連し、処方の上では大きな違いがある。
 言葉の上では病気の始まりが、寒、癇のカンで共通していることも興味深い。
 日本漢方では傷寒という、いわば風邪の様々な時期に使われる処方を、風邪以外の例えば、不眠、高血圧、むくみ、婦人病など様々な病気に応用して使用し、効果を上げてきた。それを先人は「傷寒に万病あり、万病に傷寒あり」と表現した。そこで風邪以外の病気でも内から起こる風邪ということで内風という言葉を使っているが、先に述べたような理由で、同じ風でも外からの風邪と内からの風邪では症状がかなり違うことを改めて確認できた。

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急性疾患における本治と標治

 本治について考えていたら、急性疾患の場合の本治と標治について考える必要に迫られた。なぜなら救命救急の場合まず命を救うことを最優先に対応しなければならないから、標治・本治という見方はできないのではないかと考えたからである。
 自分が救急医療を担ったとき、先ず救命のために何をすべきかが問題であった。目の前の患者をいかに救うか瞬時の対応を迫られる。気道を確保し、人工呼吸を施し、心肺蘇生を行う。その時原因探しは後回しになる。急性感染症の場合も起炎菌に効果のある抗生物質を選択して病気の進行を食い止めなければならない。外傷による内臓破裂や出血でもできるだけ速やかに破損部位を修復し、汚染や失血を止めなければならない。これからわかることは救命救急の場合は、目の前の病状を即座に把握し、救命のための治療に入ることが大事である。
 江戸時代の疾医といわれる吉益東洞、永富独蕭庵、原南洋、尾台容堂あたりの治験例は救命救急であったから標治・本治はあまり問題にならなかったと思われる。
 例えば胃潰瘍からの出血は、原因は何であれすぐ止血しなければならない。内視鏡による薬剤注射により止血に成功すると内服による胃潰瘍の治療を続ける。それは潰瘍の原因に対する根本治療ではない。あくまでも潰瘍を治す治療である。ところがなぜ潰瘍ができたかというとその人の生活に潰瘍を起こすような要因があったと考える。職場の人間関係によるストレスかもしれない。残業続きの過労かもしれない。すると根本的に潰瘍を治すためには、ストレスの認識、調整が必要になる。ところが現代医学では、しばらく潰瘍の治療を続けて薬を中止して再発の有無を観察するが、その時は特別に他の治療は行わない。つまり本治がない。最近の医学ではピロリ菌がどうも影響しているらしいと除菌治療に力が入れられているが、本治たりえるのか疑問がある。なぜなら除菌した後も胃のあたりの不快感を訴えて見える患者さんは珍しくないからである。
 私の漢方外来では内視鏡を直接実施するわけにはいかないので、臨床症状を指標に治療を行うのであるが、そのときその人の生活の何が胃の不調に最も影響しているかを問診によって探り出し、それに対して生活指導を行い、本治につなげていく。衣食住の問題、職場の人間関係や勤務状況、睡眠時間など社会生活全体に目を向け、どのあたりに問題があるか検討をつける。漢方処方だけでなく病気を引き起こす根本原因にも目を向けて病根を断つようにするのが本治となる。
 現代医学はとにかく潰瘍が治る臨床効果を重視する。薬を飲んだ人と飲まない人の潰瘍の治り具合の差を観察して有効性を確認する。いわゆる二重盲検試験である。これで効くとなれば潰瘍が治るまで内服を続ける。そして再発の有無を確認して治療を終わる。そのとき衣食住の問題や社会生活にかんする問題点についてほとんど問題にしてこなかった。再発をした場合その原因はどこにあるのか不明のままである。多くの場合薬の効果が不十分であったということになるのだろう。
 このようにみると本治、標治という考え方は漢方独特の概念でしかも慢性疾患の治療の場合に問題になる概念であるあることがわかる。ということは西洋医学の治療は原理的に対症療法で本治がないことを意味する。すなわち漢方で疾患の本治を追及することは病気の治療の新たな対応を開くことになりそうである。

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本治と標治

 漢方には本治と標治という言葉がある。標治とは現在表れている症状に対する治療いわば対症療法である。鼻炎であれば鼻づまり、くしゃみ、鼻水の症状を抑えることで、それに対し上気道を温める治療を行う。薬を飲み続けると自然に症状は軽減していくが、薬をやめるとすぐに症状がぶり返すのは根本的な原因にたいする治療が行われていないからである。本治というのは本を治すという事で、病気の根本原因を治すことである。根本原因は漢方で病因となる外因、内因、不内外因とされ、それらのどれが病気の根本的な原因であるか追及しなければわからない。鼻炎に頻用される小青龍湯の場合、上気道を温める生薬と、甘草乾姜という胃腸を温める生薬が組み合わされている。すなわち上気道や胃腸の冷えという病理があることを示している。すなわち気道の冷えによる症状が胃腸の冷えという根本原因によっておこっていることを示している。すなわち鼻炎であれば体の冷えが根本にあるから、生活のどこに体を冷やす原因があるのか調べ、衣食住を調えなければならない。そこに踏み込んでいくことが本治となる。すなわち根治になる。
 鼻炎で体格がいい人では冷たいものすなわちビール、アイスクリーム、果物などをよく摂取していることが多い。すなわち、冷える飲食物を控えさせることが根治になる。鼻炎でも冷たいものを飲んでいないという人はお菓子や果物が好きという人が多い。砂糖や果物は体を冷やすと漢方では考えている。お菓子も果物もあまりとらない人は生来胃腸虚弱なための冷え症であると考え、根気よく胃腸の働きをよくするような漢方薬、理中湯(りちゅうとう)や小建中湯(しょうけんちゅうとう)、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)を飲まなければならない。
 そして本治には時間がかかるし、何よりも病気の本態を見抜く医師の力量が必要とされる。病気の原因が生活にあり、生活の問題が貧しさや社会制度に基因するような場合に医師が行政に口を出すことになるかもしれない。つまり本治は病気の本質に対する根本治療であるから適切な生活指導が出来なければならないし、それは医者にとっても患者にとっても手間暇がかかる作業で、病気をよく理解して根気よく治療を続ける信頼関係が必要になる。
 また漢方的に病態生理が明らかになれば病気の根本的な原因がわかり、根治への手がかりも見つかるが、病態がわからないと結局標治に終始してしまう。
 病気の原因がその人の価値観や生き方にまで行き着いてしまうとそれはその人の人権の問題にもなる。本人の理解で得られ許される範囲で病気の根本原因の軌道修正を図るしかないし、最終的には本人の意識に任せるしかない。病気の本治となると思いのほか根が深く泥沼にはまっていきそうである。
 現代医学的治療は多くの場合標治であるように見える。薬をやめるとすぐ症状が表れる。しかし色々な病気特有の不快な症状を抑えるだけでも進歩であると認識すべきかもしれないとも考える。

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漢方の食事指導

 漢方の診療というと漢方薬を処方することであると考えがちである。それは間違ってはいないが、ほかにも大切なことがある。それは、なぜその漢方薬を処方するかという患者の病態生理、つまり病気の成り立ちをしっかり把握することである。それはその人が現在の病気に至った生活背景を反映したものであり、衣食住を含め、家族関係、社会生活が含まれる。診療の実際では病気に直接関係している部分に注目するのであるが、最も重要であると思われる事柄を中心に情報収集している。ストレスが症状の中心に来れば、仕事や人間関係などに注意を向けるし、冷えが中心になると衣食住、とくに食のほうに目をむけるのが一般的な対応になる。
 特に冷えが病態の中心にある時は、体を冷やす作用のある飲食物に注目する。現代社会では冷蔵庫による飲食物の保存が基本になるので、多くの人は冷蔵庫の冷えたものを直接口にすることが少なくない。冷たいものが胃腸を冷やすことは誰も否定しないのであるが、それが健康状態にどのように影響するかということまでは考えないことが多い。それでも冷蔵庫の冷たい飲み物が腹を冷やすことを指摘すれば容易に納得できる話である。
 ところが食物そのものの性質によって冷えるとなると一筋縄には理解しにくい。なぜならその食物が冷たくなくても、或いはホットでも食物の性質により体を冷やすので、その知識がないと気付かないからである。
 東洋哲学には五行説がある。木・火・土・金・水が五行で、臓器では肝・心・脾・肺・腎が対応し、それぞれ酸・苦・甘・辛・鹹の味が対応している。それらの間には木は燃えて火になり、火は灰・土を生じ、地面から金が生じ、水は金属生ずるというような相手を活かす相生の関係と、木剋土、土剋水、水剋火、火剋金というような相手の働きを抑えるような相克の関係があるとしている。このような自然界の仕組みを漢方にもあてはめている。それは自然界における五つの要素がお互いに刺激し、抑制し合いながらバランスをとりつつ存在すると考える東洋哲学の優れた発想であると私は理解している。
 五行説に基づく五味の効能から見ると、現代社会の生活状況で最も体の冷えに影響するのは甘寒の性質の食物である。砂糖や果物による甘寒の食物、サラダなどの生ものである。特に世の中には甘いものが氾濫しており、その影響は深刻であると考える。次に冷えに関与すると思われるのは、苦寒の性質を持つビールやコーヒーの嗜好品である。ビールは冷たい物を一気に飲んで咽喉越しを味わうので冷える事はわかりやすいが、コーヒーはホットで飲むのになぜ冷えるか、という点がわかりにくい。コーヒーの好きな年配の方が、腹が張って便秘がちであるが、下剤を使うと下痢をして気分が悪いと訴える人や、腹がはって便が緩いと訴えてみえる人がいる。また逆に甘味に分類され、身体を温める甘温の食物は肉や魚などの蛋白質である。
一方では体を温めるのは漢方でいう腎の働きである。それを強めるのは塩辛い、鹹味とされている。代表が食塩(シママース)で海の物に多く含まれている。納豆や小魚、海藻、山芋などが鹹温で、それらを甘恩のあわせて摂る事で、冷えに対応するのである。
 つまり冷え症の人は蛋白質をしっかり摂り、甘いものや生もの、果物は控え目にして、コーヒーもほどほどにして小魚、海藻などミネラルをしっかりとるようにと指導したうえで漢方薬をしっかり飲んでもらい、冷えの害を避けるように指導している。

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肝気とは何か

 肝というのは漢方では非常に重要な概念であるが、また非常に曖昧なわかりにくい概念でもある。肝臓は英語で「liver」といい、いわゆる肝臓である。ところが漢方の肝は「liver」ではない。癇癪、とか癇に障る、疳の虫などの癇に関わるものと考えた方がわかりやすい。癇が高ぶるとは感情が高ぶってイライラしている状態、それが続くと肝気欝結になる。肝気欝結では腹診で右季肋下部に抵抗、不快感を認める胸脇苦満という所見がみられる。この場所に西洋医学で肝臓があるので肝即肝臓に結びついたのではないかと考えるが、漢方的には大分的外れであることが分かった。器が大きいという言葉がある。いろいろなものを受け入れる器量が大きいということである。又肝っ玉が大きいともいう。腹が据わる、胆力が強いともいう。肝を肝臓とするとこれらの言葉との関連が全くつながらないので漢方がわかりにくい一因になっていると思われる。
 そこで改めて肝を癇が昂ぶるとか肝っ玉が据わるというところから考えてみる。肝が昂ぶるというのは神経過敏の状態、肝っ玉が据わるのは落ち着いて物事に動じない状態である。それらを生理学的に眺めてみると交感神経のある状態を示していることがわかる。交感神経が興奮した状態が、癇が昂ぶった状態で、きわめて危険な状況でも交感神経が興奮しない冷静でいられる状態を肝(きも)が据わると表現している。すなわち漢方でいう肝は交感神経の事で、ストレスが続いたときに胸脇苦満という季肋部の体壁反応が起こり、そこに肝臓があったので肝と肝臓が行動され、ごっちゃになって理解を難しくしたと考えられる。
 人が積極的に行動しようとするとき交感神経は興奮を伴う。交感神経が過敏になり安定していないと動悸、不安、食欲不振、吐き気などの症状が起こりやすく、困難な状況に耐えられない、社会生活もままならないということにもなる。人生にはストレスはつきものであるから、それとうまく付き合うことが生きる知恵でもある。したがって子供から大人になる過程は生きる知恵を身に着けていく過程で、交感神経がストレスに過剰に反応しないようになる訓練の過程でもある。 
 交感神経を興奮させるような刺激はまず運動であるが、医学的に問題になるのは情緒の面で、喜・怒・悲・思・憂・恐・驚の七情である。交感神経の調整がうまくいかない、すなわち肝の失調に対し、漢方ではきめ細かく対応できるように多くの処方が準備されていることに目を向けると、漢方が臨床医学の宝庫であることがおのずから理解されてくる。音に敏感でイライラし神経過敏なときに柴胡加竜骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)や抑肝散(よくかんさん)、生理前にかっかっして怒りっぽい時に加味逍遥散(かみしょうようさん)、神経過敏で喉に物が詰まったようなときに半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)、めまいと動悸に苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)など、漢方は自律神経すなわち気を整え、いわゆる不定愁訴に対応できる治療学であることがわかる。
 和田東郭の『蕉窓雑話』を読んで肝について考えをまとめた。

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プロフィール

仲原靖夫

Author:仲原靖夫
昭和51年広島大学卒業、中部病院で外科の研修を終え、八重山病院、アドベンチスト・メディカルセンター、ハートライフ病院、屋比久産婦人科小児科東洋医学センターで西洋医学と東洋医学を併用した診療を続けてきた。現在、『仲原漢方クリニック』(沖縄県那覇市牧志)院長。

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東洋医学の雑記帳

仲原漢方クリニック院長のドクター仲原が、1992年から2001年まで、週刊レキオに東洋医学、漢方関連の記事を掲載していたものをまとめた本です。現代西洋医学と東洋医学の病気の考え方の違いや漢方についてわかりやすく解説されています。 冷えの害、不定愁訴について、漢方で癌は治せるか、リウマチと漢方、肩こりについて、風邪について、偏頭痛、不眠、関節痛、自律神経失調症など。

定価:1,000円(税込価格)

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