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通院の間隔

 一般的な通院の間隔は病気の種類とその病気の経過によって違ってくる。インフルエンザのように病状が不安定な病気の初期は日々症状の程度が変化するので間隔を縮めて変化を確認し、処方を調整する。症状が落ち着いてくると、処方をあわてて変える必要もないので、一週間おき、二週間おきと通院の間隔も伸びてくる。更に変化の少ない慢性期になると三週間から一カ月毎と伸びてくる。このような傾向はいろいろな病気について当てはまると考える。
 これは診る側から考えた通院の間隔であるが、診られる患者の立場からも微妙な心理的な要因の影響がある。病気の初めは症状が日々変化し苦痛もすぐは良くならないので、つい不安になり毎日でも通って診てもらって安心したいと思う。少し落ち着いてくると間隔をあけても不安を感じなくなってくる。そこで次の外来日は一週間後ではどうですかと確認すると、不安な患者はもう少し早い方がいいと主張する。ところが現金なものでよくなると、来週は用事があるので再来週にしたいと、少し長めの間隔を希望してくる。そこに患者との微妙な駆け引きがある。患者が来月は忙しいので一か月分薬をくださいと言ってくると症状も落ちつき、心も落ち着いてきた兆候であると考えるので、医者の立場としてはほっとする。
 一般的な傾向ではあるが、病状がよくなってくると何かと理由をつけて通院の間隔を伸ばしてくるのが普通である。
 もちろん自覚症状の改善があまりない場合は、もうしばらくは医学的にも間隔を詰めて緊張感をもって診ないといけないと思うことがある。しかし仕事をしている患者さんは、社会生活では時間のゆとりがないため、間隔を伸ばさざるを得ない場合もある。
 このように通院の間隔は病気の性質、医者の立場からの希望、患者の心理と社会的条件などが複雑にからんで決まってくる。
 「次の外来は一週間後でどうですか?」と聞いた時「来週は予定が入って忙しいので再来週にしてください」と返事が来ると、「皆さんよくなってくると忙しくなるんですよ。」と多少皮肉交じりに応え、快方に向かう患者の微妙な気持ちの変化を指摘するようにしている。

テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

漢方外来を受診する前に

 クリニックにはいろいろな訴えの患者さんが来られる。現代医学的にうまくいかない場合に漢方の立場から病気を眺めて治療法を探るということを売りにしている当院では当然のことではあると思われる。
 ところが当院の対応能力にも限界があるので中には断らざるを得ないこともある。それは特殊な専門領域の病気などの場合である。つまり、自分の専門外領域の特殊な病気について評価できないときに問題になる。
 あるとき耳が聞こえにくいという老人が見えた。耳鼻科でちゃんとした検査を受けないで、漢方で何とかしてほしいというのである。私は耳鼻科の専門ではないので聴力の検査はできないし、専門的な診断をつけることはできないので、まずは耳鼻科を受診してくださいとお断りしたのである。加齢による難聴の場合に八味地黄丸がいいとされるが、専門的な評価なしに処方する訳にもいかないので、耳鼻科の受診を勧める。
 眼科の病気についてもそうである。網膜の病気など、眼科の専門的な検査でないと病気の診断・評価はできない。診断がついて病気の成り立ちが分かり、眼科の治療がおこなわれ、その限界がある場合に、先人の経験を参考にして漢方薬を追加する余地が見えてくる。
 漢方薬が、ある皮膚科の疾患によく効くばあいがあるのは自分の経験でも間違いないが、そのおかげで皮膚疾患の難しい病気の方が初診でみえる場合があり、困ることがある。できれば初診は皮膚科で診断をつけてもらって治療を受け、思わしくない場合に漢方薬を試してみるのがよいと説明し、漢方でうまくいかない場合にはこちらから皮膚科を受診させることもある。
 このように自分の専門領域であれば西洋医学的評価あるいは治療の可能性がわかるから、初診で見えても診察で評価できるので、漢方薬での治療を始めやすい。つまり漢方薬による治療は西洋医学の診断を受けて病態を理解し、その上で漢方の病気の考え方の特性を活かすように、補い合って診療するのが現状においてはベストではないかと考える。
 頻度の多い訴えすなわち頭痛、感冒、痛み、食欲不振、腹痛、下痢などの症状であれば専門的な診療の必要は診察をして決めればよいのであるが、最初から専門的な特殊な病気の場合にはまずは専門科目を受診してほしいと考えるのである。

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ジャンル : 心と身体

寺師睦宗先生と沖縄の漢方

 広島大医学部学生の頃、将来漢方を勉強したいと小川新先生を訪ねたところ、「卒業後西洋医学の基礎をしっかり身に着けてから勉強を始めても遅くはない」と言われ、沖縄県立中部病院でインターンを含めた外科の卒後研修を終え郷里の県立八重山病院に赴任した。2年たった頃病院医局で漢方が話題になり、私もいつ漢方の勉強を始めようかと考えていた。その時瘀血研究会講演記録「瘀血研究」第一巻が届き、その中に小川新先生のお名前を見つけ、漢方の勉強を始ようと決意した。そこで卒業後6年目にして再び広島の大慈小川外科を訪ねた。その時紹介されたのが創元社の西山英雄訓訳「和訓類聚方広義・重校薬徴」であった。ところが当時私は漢方について基礎知識もなく、とても前時代の専門書に歯がたたないと感じて、龍野一雄著「漢方入門講座」を読み始めた。それでも漢方独特の考え方に基づく言い回しの解説に頭を抱えていた。「傷寒論の基本構造がわかるのにどれくらいかかりますか」と小川先生にお尋ねしたら、「十年はかかるな」とこともなげに答えられた。
 そんな折那覇で寺師先生の漢方の講義が始まるという情報が入った。小川先生にそのことを話すと、「そりゃいい。わしの方から寺師君に君のことを話しておくよ」 と言われた。
 昭和59年から那覇でツムラ主催の漢方の勉強会が始まり、新書版の大塚先生の「漢方医学」をテキストに何回か講義が行われた。そして昭和62年8月から漢方古典医学講座が、年末・年始を除いて年に10回のペースで、土曜日の夕方、日曜日の午前から午後3〜4時頃までの三部に渡って集中講義で行われた。その頃先生は60代、お元気で全国を飛び回って講演を続けておられた。
 鹿児島県ご出身の寺師先生は、口癖のように、特に沖縄には思い入れがあると言われた。「昔薩摩が琉球に悪いことをしたから、私は沖縄にお返しをしないといけないと思っており、沖縄の講義の回数を一番多くしてあります。」とおっしゃった。後に年間の講義の回数を減らされた時も、沖縄の分は最後まで特別にとってあるといわれた。その歴史的な因縁と薩摩隼人の心意気を紹介すべくペンを執った次第です。
 沖縄の医療史を振り返ってみると、本土と同様に明治維新後漢方が医師免許から外されたあと沖縄でも正規の医療は西洋医学になった。その後漢方エキス剤が薬価収載されるまでは沖縄で漢方を実践する医師は皆無であったと思われる。ただその頃でも薬剤師では朴庵塾で勉強された上原昇先生や広島漢方研究会で勉強された安部英治先生などがおられ、沖縄でも漢方の灯は薬剤師によって守られていたことを知った。
 そのような状況の沖縄で寺師先生の漢方古典医学講座が始められた。漢方の考え方や処方の運用体験を大塚先生のお弟子さんから直に学べるということは、漢方を志す者にとってまたとないチャンスで、欠かさずに出席した。
 私は漢方の勉強で石垣から那覇に出る機会が多くなったため、職場を那覇に移し漢方薬を処方できるようにして本腰を入れた。
 寺師先生の漢方のテキストは最初が大塚先生の臨床応用傷寒論解説、漢方診療三十年、矢数先生の漢方処方解説、西山先生訓訳の類聚方広義、それから三校塾の「臨床八十方金匱要略」であったと記憶している。
 大塚先生や、故郷の先輩馬場信二先生、政治家など有名人の診療エピソードや湯川秀樹博士を訪ねられた武勇伝など、脱線した時の話も興味深く退屈することがなかった。最後の講義は平成17年で、昭和59年から21年間沖縄に通われたことになる。
 寺師先生の勉強会を期に漢方を志す参加者が定まってきたところで、新垣敏雄先生を中心に沖縄漢方医学研究会・日本東洋医学会沖縄県部会が結成され、平成2年には沖縄県でも最初の九州支部会が開催され日本東洋医学会の仲間入りを果たすことができた。
 このように寺師先生には辺境の地沖縄における漢方医学の核を造っていただきました。最近では漢方の勉強会にも若い先生方の参加が増え盛況を極めるようになりました。
 寺師先生の思いを偲び心からご冥福をお祈りいたします。

テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

喉元過ぎれば熱さ忘れる

 当院では背骨骨盤のレントゲン所見から歪みをとらえ、鍼灸治療に加えて鎖骨骨盤調整によりゆがみを直している。そのうえで頸椎の捻じれを強制する木枕の使い方を指導し、骨盤のゆがみを膝振で直す骨盤体操を指導している。いわゆる自助努力で体のゆがみを直すのやり方を教えている。
 骨格の歪みはその人の人生の現在の結果を示している。つまり現在のように骨格が歪むような生活を続けて今に至ったと考える。体の癖が骨の歪みになって表現されているのである。歪みを矯正すると一時的には症状が取れても、体の手入れを怠り元の生活を続けていると身体のひずみが元に戻り、同じような症状が出てくることは極めて当たり前のことである。
 つまり体の手入れを続けこれまでの歪を矯正する生活をすることが、根本的な解決につながることは容易に理解できると思う。
 このような目で人体を見ると体の歪みがその人の人生を表していると見る事も出来、不思議な気持ちになる。きわめておおざっぱであるが骨の歪みはその人の現在、過去、未来を表しているといえないことはないからである。
 現在の歪みの状態は現在の臨床症状を引き起こしているし、また過去の生活は現在に至る準備過程であったとすれば今よりは歪みの少ない状態を表現していただろう。また未来は現在の歪みがさらに進行していった状態になることは予測できる。
 この体の歪みに対するに対する治療や生活指導はそれらの症状が出ない状態へ軌道修正することを意味する。すなわち歪みを矯正し、症状の改善を図る道を歩むことである。長年の生活のクセで歪んできた背骨や骨盤の歪みがそう簡単に戻るわけはないと思うが、針治療、鎖骨骨盤調整で瞬時に症状が変化することを見れば、適切な治療を行えばそんなにむずかしいことでもない。 
 ところが、むずかしいのは治療した後、これまでの生活を改め軌道修正を続けることである。木枕を使った首振り、仰臥位で膝を曲げそれを左右に振る骨盤大棗を続けること、漢方処方から導き出される生活上の注意、多くは飲食物による体の冷えの問題に注意を払うことである。
 ところがよくなると体の手入れなど忘れ、普段の生活に戻ってしまうのである。それこそ「喉元過ぎれば熱さ忘れる」であるが、そんなもんかとも思う。

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炎症について

 医学部の病理学総論で最初に学ぶ項目が炎症であった。当時はなぜそれを真っ先に講義するかなど考えもしなかった。また教授もなぜそれが重要か話さなかった。いや話したかもしれないが記憶に残っていない。なぜ炎症の概念が重要かということについてあまり考えず、試験に出るから覚えるという程度であった。いま思えば炎症は総論中の総論で飯島宗一学長が厳かに講義された理由を今頃になって気づかされている。
 漢方を勉強し、なぜ人体は風邪を引くと熱を出すのかという基本的なことを考えるとき、人体の炎症反応には必ず発熱を伴うことから、生体反応としての炎症の根本的な意義を考えなければならないと考えた。
 炎症反応は生体組織に対する何らかの障害に対して障害局所に出血、浮腫が起こり、血管が拡張して充血し、白血球が血管外に遊走し、細菌や異物を攻撃貪食、分解し、さらにリンパ球が現れ組織を修復していく治癒過程である。それが肉眼的には発赤、腫脹、熱感、疼痛という症状として観察されるのである。そして炎症はあらゆる部位の組織の障害について同様の過程をとるので病理学の総論中の総論として語られたのであったと改めて気づかされる。炎症論は科学技術の発達に伴って、その物質的メカニズムがより細かく論じられるようになってきた。最近の治験については学ぶ機会がないので調べなければと思うのであるが果たしていない。ただ問題は生体の障害、修復過程でなぜあのような反応を取るかということではないかと思う。
 哺乳類が生きているということは代謝を行い、体温を維持していくことである。これには例外があって、寒い冬食料の確保が困難な場合にはできるだけ無駄なエネルギーの消費を避けるため冬眠を行う動物がいる。低体温に維持し代謝を抑え、心拍数も極端に低下することがわかっている。また夏眠という現象もある。夏の暑い時期や乾季など体温が上がりすぎるので活動を控え、体温の上昇を抑えるための対応と考えられる。冬眠や夏眠は哺乳類が進化の過程で、両生類や爬虫類の時期を経てきた変温動物の名残をとどめるものらしいことを解剖学者の三木成夫の著書で最近教えられた。このような場合の炎症反応はまた少し違ってくるのではないかと考えらえるが、確認していない。ただ環境の温度変化によって体温が左右される両生類や爬虫類の炎症反応は哺乳類とは違うだろうと考える。
 炎症を起こして体温を上げることは風邪の生体反応を見ても、生体が生き延びるための基本的な戦略であるようだ。その炎症の病的過程をできるだけ軽く済ませるように、生体反応を調整することが漢方薬の抗炎症作用であると考えてみることもできる。
 たとえば帯状疱疹では水泡ができて痛みが激しい状態でも、竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう)、桃核承気湯(とうかくじょうきとう)、越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)などを組み合わせて内服させると血の巡りを良くして充血を改善し、炎症による浮腫を軽減すると急速に痛みが取れることからもそのことが理解できる。
 風邪は全身で反応を起こす過程であり、局所の傷は局所の炎症反応で治まると考えればわかりやすい。

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プロフィール

仲原靖夫

Author:仲原靖夫
昭和51年広島大学卒業、中部病院で外科の研修を終え、八重山病院、アドベンチスト・メディカルセンター、ハートライフ病院、屋比久産婦人科小児科東洋医学センターで西洋医学と東洋医学を併用した診療を続けてきた。現在、『仲原漢方クリニック』(沖縄県那覇市牧志)院長。

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書籍の紹介

東洋医学の雑記帳

仲原漢方クリニック院長のドクター仲原が、1992年から2001年まで、週刊レキオに東洋医学、漢方関連の記事を掲載していたものをまとめた本です。現代西洋医学と東洋医学の病気の考え方の違いや漢方についてわかりやすく解説されています。 冷えの害、不定愁訴について、漢方で癌は治せるか、リウマチと漢方、肩こりについて、風邪について、偏頭痛、不眠、関節痛、自律神経失調症など。

定価:1,000円(税込価格)

発行:(株)週刊レキオ社
(株)週間レキオ社又は全国の書店および「当クリニック」にて販売中

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