漢方処方と生活背景

 ある漢方薬を処方するとき、その処方にはそれが効果を発揮する患者の病気の状態が具体的に示されている。例えば葛根湯(かっこんとう)を処方するときは比較的胃腸の丈夫な人が、冷たいクーラーにあたりすぎた状態であるということを示している。それを問診で確認することもあるが、聞かなくてもわかる場合は問診が省略される。鼻炎に小青竜湯(しょうせいりゅうとう)や麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)を処方するが、そのような人は生活の中で体、特に胃腸を冷すようなことをしているので、先回りしてその冷えの原因を指摘し、生活を改めるように指導して根治につなげる。また柴胡加竜骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)を処方する場合には不安を訴えるので、当然不安の原因があるので、それを明らかにしつつ、不安を解決するような生活指導を合わせて行うことで、漢方薬もよく効くし、根本的な治療にもつながっていくようにする。
 このように漢方では、生活の場における体の調節の不調や、精神的なストレスへの原因への対応不能、嗜好品の不適切な摂取、働きすぎによる過労、不適切な食事などの問題があって起こる症状の組み合わせに対して適切な漢方処方を選択する仕組みになっている。従ってある処方が決まると、その処方が起こってきそうな生活上の問題点を次々に質問し確認していく作業を行い、病気の根本原因に迫っていけると考える。
 生活上の問題点を解決しておかないと、病気の悪化要因が常に作用し続け漢方薬も効果を発揮しにくくなる。
 風邪ならまだ一時的な病気であるから楽で深刻ではないが、加齢による病気や、適応障害による不定愁訴や癌や難病などの場合は根が深いし、何年もかかって起こってくる病気であるから、治療もそう簡単にはいかないのは明らかで、根本的に治すといっても簡単ではないことは理解できよう。
 病気になるにはそれなりの道筋を辿って時間を経て出来上がってくるのは言うまでもないが、その道筋が分かると、処方が決定しやすいし、治療効果が上がるのも道理である。
 加齢による病気の多くは陰虚が原因である。陰虚とは加齢により体の水分の量が減ることである。水分の量を調節するのは性ホルモンで加齢による性ホルモンの減少は避けられないことであるから、体に潤いを与える生薬を組み合わせて症状を緩和する仕組みになっている。そういう視点から眺めると複雑な症状が理解しやすくなる。そうはいっても老化を完全に止めることはできないことは当然であることを忘れてはいけない。

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千金内托散

 一般的に食事が摂れなくて栄養状態が悪いと創(きず)が治りにくくなるので、栄養状態の回復を待って手術するのが外科の基本であった。そのような時、昭和50年代後半になるが、口から食べられなくても栄養状態をよくする画期的な治療、高カロリー輸液すなわち経静脈栄養という治療法が普通にできるようになって救われた思いをした記憶がある。
 漢方を学び始めたころ私は外科医であった。漢方には千金内托散(せんきんないたくさん)という処方がある。傷が治りにくい時に内服すると傷の治りがよくなるとされている。外科医にとって創が閉じる、創が治るということを前提に手術をするから、その人の創の治りやすさ、自然癒能力というのは外科医の最も注目するところで、その処方に興味を持った。
 千金内托散は人参、黄耆で元気を補い、当帰、川芎、桂皮で組織の血流を改善し、桔梗、防風、白芷で化膿を止めるという生薬の組み合わせになっている。これで栄養状態の悪い人の創の治癒を促進するのである。使用目標は「虚証の潰瘍で分泌止み難く肉の上がり悪きもの」、つまり衰弱した人の創で薄い膿が止まらず治りにくい場合に効くとされている。外科医にとってこんなありがたい薬はないと考え、ひそかに使う機会を窺っていた。
 ある時内科の医師から糖尿病で足の具合がよくないので見てほしいという依頼があった。糖尿病の合併症による脚の壊死である。切断しかないので下腿を切り落としたが切断面の創が治らないのである。それどころかベッドに横臥してできる床ずれが水泡を形成し、しかも炎症反応が起こらない。炎症反応が起こらないということは創が治りにくいことを意味する。そこで千金内托散を思い出し、煎じて飲ませたら傷が治り、床ずれもできなくなったのであった。
 内托の托について普段なじみのない言葉でその意味がぴんと来なかった。托鉢という言葉は鉢でお布施を受け取る意味になる。托について辞書には、ひらく、おす、掌をもって物を挙げる、転じてものをのせるという意味が書かれてある。これらの言葉から「膿を限局させて排膿する」という托法という治療の意味が浮かびにくく、分かりにくくて悩んだ記憶がある。しかし経験した一例の傷の治り具合を見たとき、創の治りが急速に改善したことから内托という意味が実感できたのであった。内托とは傷を治すための炎症という生体反応を刺激し創傷治癒力を回復することであると実感した。
 静脈栄養もない、抗生物質もない時代厳しい状況でも人類は自然治癒力を高める術を探り当てていたことに気づかされた。

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大柴胡湯について

 今回は大柴胡湯(だいさいことう)について、少し専門的なことを整理した。
 大柴胡湯は、傷寒論では発熱、悪寒、頭痛の症状を呈する「太陽病」、すなわち、風邪の初期から少し進んで食欲がなくなり、往来寒熱つまり悪寒と発熱を繰り返し、吐き気が起こる「少陽病」の時期を経て、更にもう少し進んで、持続的な発熱及び便秘をともなう「陽明病」になろうとする手前の時期に使う処方とされている。つまり往来感熱、悪寒と発熱を繰り返しながら、食欲がなくて、吐き気がして、みぞおちがつまった感じがして便秘するというときに使う処方である。
 ところが最近の外来でこのような状態でみえる患者さんはめったにおられない。もっぱら慢性疾患に使う。がっちりした体格で、腹診で心下部の強い緊張に、胸脇苦満を伴う条件を備えているときに使うということになっている。そのような所見を具える人は高血圧、肥満、肩こりなどの人に多い。
 人体はストレスにさらされ緊張すると交感神経が興奮する。それに伴って筋肉も緊張し、肩こり、首こりなどの身体症状が起こり、イライラ、怒り、不安などの精神症状が出てくる。そのときに腹を診ると「胸脇苦満」という、右季肋部を中心に肋骨の下よりの方向へ指をそろえて押し込んだ時の微妙な不快感を確認でき、これが柴胡剤の基本的な腹診所見となっている。ストレスに伴う心下部から肋骨弓の上下に跨る不快感を「肝気鬱結」と呼んでいる。そしてその程度によって柴胡・黄芩が組み合わされたいわゆる柴胡剤の種類を決めるのである。大柴胡湯はその「胸脇苦満」の程度の最も強い状態に使うことになっている。
 そこでストレスの身体の全身に及ぼす影響を生理学的に整理してみる。
 交感神経の興奮は、中枢神経では特に大脳辺縁系の情動の部分には不安、怒り、恐れなど神経過敏な七情の症状として表現される。呼吸器系では気管支の痙攣となって喘息発作と表現されるが、それは喘息の患者に見られ、普通の人にはあまりみられない。循環器系では心臓の興奮となって強い動悸として表現される。消化管では蠕動運動の異常により、喉やみぞおちの痞え、悪心、嘔吐、腹痛、下痢として表現される。泌尿生殖器系では膀胱炎のような不快感や頻尿、尿管結石による尿管の痙攣発作が起こるかも知れない。性機能でインポになるかもしれない、また上腹部には胆嚢や、膵臓が胆管、膵管が十二指腸とつながるファーター乳頭部分にある括約筋の痙攣発作となることもある。その時「胸脇苦満」があると柴胡剤のどれが良いか症状に応じて選択するのである。
 大柴胡湯の場合は内臓平滑筋のけいれん発作を伴う場合に良いとされている。それには大柴胡湯の中の芍薬、甘草、枳実という生薬の組み合わせが、筋肉のけいれんを緩め、消化管の運動を正常にするとされている。上腹部で内臓の筋肉平滑筋が痙攣するよう病気は少なくない、食道アカラシア、食道けいれん、胃痙攣、幽門痙攣、胆石発作、胆道ジスキネジー、膵炎、尿管結石発作などである。しかし当院外来でそのような激しい症状の人は見ることはほとんどなく、よく見えるのは先に述べた、体格の良い人の高血圧や、不安、不眠、上腹部の不快感、便秘、下痢などの症状に大柴胡湯を処方することなる。時にストレスで起こる円形脱毛の人に大柴胡湯を処方することもある。
 ちなみに心臓の動悸の症状が強いときは竜骨・牡蠣を加えた柴胡加竜骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)ということになる。喉のつかえが強い場合には半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)を併せる。すなわち柴胡剤でもストレスに対する反応の微妙な違いによってバリエーションがあり、そのあたりを的確に区別できる事が臨床のコツとなっている。
 大柴胡湯はストレスで消化管や泌尿器の平滑筋の痙攣による、痞えた症状が強いときの処方であった。
 そしてストレスによる神経過敏が消化管の症状を伴う事を漢方では「肝気横逆」、或いは「肝脾不和」と呼び、大柴胡湯もその病態に対応した処方であった。

生理と漢方2

 外来患者さんで男女比を見ると圧倒的に女性が多い。女性は生物学的に男性よりも生理的変化が激しく、初潮、妊娠、出産、閉経と大きくホルモン環境が変化するし、月経が始まると平均28日周期で排卵と月経を繰返す。それは女性が妊娠、出産により子孫を残すための主要な役割を担うために身体の仕組みが寄り複雑になっていることの結果である。また生理の周期を見るだけでもホルモンはドラマチックに変化する。すなわち月経が起こっての後、排卵が起こるまでは卵巣では卵包刺激ホルモンにより卵包が成熟し、排卵が起こると卵胞は黄体に変わり黄体ホルモンを分泌し、子宮内膜を発育させ、受精卵の着床に備える。受精が起こらないと子宮内膜は受精卵を育てる必要がないのではがれ落ちて経血となり、次の妊娠に備える。これを閉経まで規則正しく続けている。その間生理周期に伴ってさまざまな症状が出てくることがある。排卵が起こると黄体ホルモンの作用で同化作用が盛んになり体重が増えやすくなり、人によっては生理一週間前ごろから浮腫みが出てくる。乳房が張ってくる。それから精神的に不安定になり、怒りっぽくなったり、落ち込んだりして仕事もできないほどになる人もいる。また激しい頭痛に襲われる人もいる。また生理が始まると激しい腹痛すなわち生理痛が起こること普通に見られる。ホルモンの変化は本人の意識とは関係のないところで起こるので、症状が強い場合には本人も周りの人も戸惑う事が少なくない。特に男性にそばにいる女性に何が起こっているかわからないので気の毒な場合がある。
 私は婦人科の専門ではないが、漢方薬が生理に伴う種々の症状に極めて効果がある場合が多いので、女性の患者さんに漢方薬を処方する機会が多い。
 まず最もよく使う機会が多いのは生理痛で当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)を使う。色白で何となく貧血ぎみで少しむくんだ感じの女性に使う。それだけでよくならない冷え症の強い場合に安中散(あんちゅうさん)を併用すると効く場合がある。それでも生理痛が起こる場合に頓服で芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)を使うとよい。当帰芍薬散以外に桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)を使うこともある。
 生理前になると気分的に落ち着かなかったり、落ち込んだり、怒りっぽくなったりする状態は月経前症候群と呼ばれる。この場合のぼせてホットフラッシュなどを起こす場合に加味逍遥散(かみしょうようさん)を使う。いらいらや不安があるのにそれを外に出さずに、内にこもる傾向のある人には抑肝散(よくかんさん)を使う。咽が使える場合に半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)を併用する場合もある。さらに生理前に多い症状は頭痛である。生理前はホルモンのバランスのため浮腫む傾向があるので、水毒にたいして五苓散(ごれいさん)を使うと頭痛が非常によくなる。また普段から当帰芍薬散には浮腫みを採る作用もあるので普段から飲んでいると頭痛も起りにくくなるのではないかと考えている。生理前に気分が落ち込んで体がだるい時には補中益気湯(ほちゅうえっきとう)にする。
 毎月の生理周期に因る変化が激しい時に加味逍遥散を使う機会が多いように、人生のホルモンバランスが不安定になるのが更年期障害でそのときも加味逍遥散や抑肝散を使う機会が多いのは非常に興味深い。
 人体は神経・免疫・内分泌が連動するように調節維持されているから内分泌すなわちホルモンバランスが不安定になると自律神経にも影響し、眩暈、動悸、胃もたれ、ゲップなど自律神経の症状を伴い多彩な症状を呈するようになる。そのような状態に対しても漢方薬はきめ細かく対応できるところに強みがある。更に頚椎の捩れは自律神経過敏の症状を伴ってくるので漢方薬とあわせた針治療や頚椎の治療を行なうと更に速やかな改善を見ることができる。

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漢方薬の投与量について

 漢方薬は保険診療あつかいで、一応一日量が決められている。飲む回数も慢性の病気などの場合には基本的には一日2回から3回となっているが、感冒(かんぼう)などの場合は汗が出るまで回数を2時間毎に重ねて飲んでもらうこともある。
 急性疾患などでは症状の激しい場合もあるので、例えばスズメ蜂に指されて腕がはれ上がったときなど、効果を出すために一日量を一回で飲んでもらうという治験例の報告も学会ではみられ、症状に応じて薬の量や回数を増やすという点では非常に参考になった。スズメ蜂に指されて腕が腫れる状態というのは沖縄であればハブに咬まれて腕がはれ上がった状態に似ている。沖縄本島のハブ咬症の場合は毒性が強く、注入された毒の量によっては、腫れの範囲と程度が強く、そのため血圧が下がるショック状態をきたし、呼吸循環管理までしないといけない重症例もあるので、ハブ毒の抗血清による治療を念頭に治療を行なう。しかし先島ハブでは腕や脚の腫れの範囲で収まる事がほとんどであったので、或いは炎症を治める漢方薬でも対応できるのではないかと、スズメバチ刺症の漢方治療の発表を聴いて感じた。すなわち漢方薬でも外科治療を回避し、内科的治療ですませるように使えるいわゆる保存的治療に変えられる場合が有る事を教えてくれたことがありがたかった。即ち症状が強い場合、症例によっては漢方薬の量を増やさないと効かないこともあるということである。
 最近漢方薬の一日の内服量を一時的に増やしてうまくいったので紹介する。
 不眠の患者さんは比較的よく見える。西洋の薬をやめたいので漢方薬で何とかして欲しいということが多い。先月来られた方は昨年連れ合いの方を亡くされその後不眠になったという。その後落ち着かなくなり、閉所恐怖症になって、狭い空間例えばエレベーターとか飛行機の座席などにいると気分が悪くなるという。もう何日も寝ていないといって見えた。このような場合普通は心療内科で少し強い抗不安薬などを使うのであるが、西洋薬が合わないので漢方薬を希望して来られた。当院では漢方薬も飲んでいただくが、首こり、肩こりなどを合併している頑固な症状の場合には、針治療や鎖骨調整などの治療を併用する事が多い。この方の場合もそのようにしたのであるが、少しは改善したものの納得のいくほどではなかった。漢方薬は比較的体格のいい人の不眠に使う柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)であった。更に不安が強い時にはヒステリー発作などに使う甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)を1包頓服で飲んでもらうことにしていた。それでもまだ眠れないと言うので、思い切って一回で二倍量を飲んでもらうことにした。すなわち一回で二包飲んでもらった。そしたら一週間後に『最近眠れるようになりました。人ごみの中に行ってもパニックになる事がなくなりました。もう薬は普通の量でもいいと思います。』といわれた。不眠、不安が強い場合に漢方薬のみでは効果が十分でなくて、外来の治療で困る事ことが時にはあるが、投与量を増やす事で何とかなる事もあるという貴重な経験をした。漢方薬が効果を発揮しない多くの場合は処方があっていないことと考えるべきであるが、それを考慮した上で処方はそのままでよいと考える時は思い切って内服量を増やしたらいい事もあるということである。

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プロフィール

仲原靖夫

Author:仲原靖夫
昭和51年広島大学卒業、中部病院で外科の研修を終え、八重山病院、アドベンチスト・メディカルセンター、ハートライフ病院、屋比久産婦人科小児科東洋医学センターで西洋医学と東洋医学を併用した診療を続けてきた。現在、『仲原漢方クリニック』(沖縄県那覇市牧志)院長。

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書籍の紹介

東洋医学の雑記帳

仲原漢方クリニック院長のドクター仲原が、1992年から2001年まで、週刊レキオに東洋医学、漢方関連の記事を掲載していたものをまとめた本です。現代西洋医学と東洋医学の病気の考え方の違いや漢方についてわかりやすく解説されています。 冷えの害、不定愁訴について、漢方で癌は治せるか、リウマチと漢方、肩こりについて、風邪について、偏頭痛、不眠、関節痛、自律神経失調症など。

定価:1,000円(税込価格)

発行:(株)週刊レキオ社
(株)週間レキオ社又は全国の書店および「当クリニック」にて販売中

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